インタビュー
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vol.22 手創り市・名倉哲さん - 作家さんにとっての日常的な舞台を作り続けて

写真:神ノ川智早

東京で開催される手づくり市の先駆けとも言われている「雑司ヶ谷手創り市」。地域に長年愛されてきた鬼子母神堂と大鳥神社を舞台に2006年10月から始まったこの市は来年10周年を迎えます。雑司ヶ谷手創り市をはじめ、作家さんとお客さんが出会う場所を作り続ける名倉哲さんにお話を伺いました。

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2015年10月20日作成
※この記事中では広義の意味での手づくり市を「手づくり市」、名倉さんが携わる手づくり市を「手創り市」と表記します

作家さんにとっての日常的な舞台とは何だろう?

東京の手づくり市と言えば、まず声が挙がる「雑司ヶ谷手創り市」。会場となるのは、のどかな街の雰囲気が色濃く残る雑司ヶ谷で地域の人々に愛されてきた鬼子母神堂と大鳥神社。月に一度の開催時にはお気に入りの作家さんや作品と出会うために、多くの人が訪れます。
この手づくり市を2006年10月の第一回目から現在まで開催し続けているのが手創り市代表の名倉哲さんです。
器、布、アクセサリー、食品とあらゆる作家さんが集まります。会場はあっという間に人でいっぱいに

器、布、アクセサリー、食品とあらゆる作家さんが集まります。会場はあっという間に人でいっぱいに

「作家さんにとっての日常的な舞台とは何だろう?」

はじまりは名倉さんから生まれたこのひとつの疑問でした。もともとロジカフェというカフェを経営し、そこで作家さんの個展や企画展を開催していた名倉さんは共に仕事をしていく中で彼らが抱える現実を知ります。

「個展というのは、時間もお金もかかるし作家さんにとって負担が大きい。その負担はハレの舞台を作るために必要で、それはそれで大事なこと。でも、そのハレの舞台を非日常と仮定した場合、日常的な舞台ってなんだろう?と思ったんです。毎週末とは言わないけれど、月に一回くらい作家さんが出てくる場所があってもいいんじゃないかと。それをずっと考えていました」
食品ブースは一番最初にチェックしておくのがおすすめです

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vol.22 手創り市・名倉哲さん - 作家さんにとっての日常的な舞台を作り続けて
そんなある日、京都の百万遍の手づくり市のことを知った名倉さんは奈良に住む友人を訪ねがてら見に行くことを決めます。そこに自分がほしかった答えがあるような、かすかな予感を胸に抱きながら。

「そこでの光景を見てこういうことだなって思ったんです。作家さんが責任を持って、自分で作った作品を並べてお客さんとコミュニケーションを取りながら販売する。それって、シンプルでわかりやすいじゃないですか。僕が作りたいのは、こういう場所なんだと思いました」

さまざまなツールを使い、何でも手に入れることができる現代。それは便利な半面、作り手と買い手の距離を遠ざけ、複雑にさせてしまっている部分もあります。作った本人が直接お客さんとやりとりすることができる手づくり市に、名倉さんは作り手と買い手の本来あるべき形を感じたのです。

「続けていくこと」が場所を作る人の最初の責任

京都の百万遍の手づくり市での気づきを得た後、休日にふらりと訪れた雑司ヶ谷で鬼子母神堂と出合い、場所の持つ空気に魅力を感じた名倉さんは、2006年1月、自ら作った企画書を手に会場交渉を始めました。鬼子母神堂は街にとって歴史がある場所。だからこそ、新しいことを始めるための話し合いはじっくりと丁寧に進めることはとても大切なこと。月に一度、話をする機会をもらった名倉さんはそれから10ヶ月間鬼子母神堂へ通い続けました。

「僕自身の感覚だとスムーズな流れで10ヶ月かかったという感じです。時間の問題でいったら時間がかかったと言うのかもしれないですけど、いろんな話ができました。僕がどういう人物なのか鬼子母神さんに観察されていた期間だったのかもしれないですね」
それぞれディスプレイも凝っていて、見ているだけも楽しい気持ちに

それぞれディスプレイも凝っていて、見ているだけも楽しい気持ちに

アクセサリー作家さんも多く出展しています

アクセサリー作家さんも多く出展しています

出展する作家さんも毎回出ている方、初めての方とその時々によってさまざま。毎月行っても新しい出会いがあります

出展する作家さんも毎回出ている方、初めての方とその時々によってさまざま。毎月行っても新しい出会いがあります

充実した話し合いの中で一歩一歩進んでいく日々。そして、2006年10月、第一回となる雑司ヶ谷手創り市が開催されました。出展数は33軒。「この数字は忘れない」と話す名倉さんの顔がキリッと一瞬引き締まります。今では境内全体に作家さんの展示ブースが広がる光景も、当時は参道の周りにわずかに並ぶだけ。お客さんもほとんど来ないという中で名倉さん自身はとても冷静に状況を見ていたそうです。

「もともと、そんなに期待してなかったんです。一回やったくらいじゃわからないからこそ、続けるしかないと思いました。最初からいたスタッフは今でも『3ヶ月くらいで終わるかと思った』って言っています。確かに冬の時代だったけど、僕は続けていけば春が来るって思っていました」

名倉さんにとって手創り市を開催する上で何より重要なのは「続ける」ということ。

「“場所を作る”って、作った以上はその場所と参加している人たちに対して責任があるんです。ということは、場を作る側の人間が可能な限りのスパンで開催していくというのが最低限の責任。だから毎月やっていくというのは当たり前だと思っています」

「続けることが場所を作った者の責任」。その覚悟とも言える思いは10年目を迎えた今も変わらず名倉さんの心の中にしっかりと根を張っています。
なんと言っても直接作家さんと会えるのが手創り市の醍醐味。気になる作品があったらどんどん話しかけてみましょう

なんと言っても直接作家さんと会えるのが手創り市の醍醐味。気になる作品があったらどんどん話しかけてみましょう

珈琲豆の試飲用に直接珈琲を淹れてくれる出展者さんの姿も

珈琲豆の試飲用に直接珈琲を淹れてくれる出展者さんの姿も

グラデーションのように広がる手創り市

名倉さんがはじめた手創り市は雑司ヶ谷手創り市からスタートし、場所と規模を変え「ARTS&CRAFT SHIZUOKA手創り市」、「&SCENE手創り市」、「くらしのこと市」と広がっていきました。
静岡市足久保にある木藝舎・SATOで年に一度開催している「くらしのこと市」の様子 画像提供:手創り市

静岡市足久保にある木藝舎・SATOで年に一度開催している「くらしのこと市」の様子 画像提供:手創り市

ARTS&CRAFT SHIZUOKA手創り市(左)、手創り市雑司ヶ谷(右)のDM。イラストを手がけているのは画家でありイラストレーター、グラフィックデザイナーでもある山口洋佑さん 画像提供:手創り市

ARTS&CRAFT SHIZUOKA手創り市(左)、手創り市雑司ヶ谷(右)のDM。イラストを手がけているのは画家でありイラストレーター、グラフィックデザイナーでもある山口洋佑さん 画像提供:手創り市

&SCENE手創り市のイラストは湯本かなえさんによるものです 画像提供:手創り市

&SCENE手創り市のイラストは湯本かなえさんによるものです 画像提供:手創り市

「手創り市という場所の色があるとします。例えばそれが青だとして、その基本の青の幅は永遠にグラデーションのように広がっていくけど、青という色は変わらない。だからその幅はどこまで広がっていっても構わないと思っています」

では、変わらない色である「青」の部分は何なのでしょうか。

「手づくり市というものには最低限のシンプルなルールがあるわけです。例えば、作家が自分で作ったものを並べ、作品を語り、販売するということ。それが代理の人でもいいということになったら、主催者側の意図や魂胆が透けて見える気がするんです。言うなら、たくさんの人に出てもらいたいからルールの幅を広げていくってことですよね。そういった根本に関わるルールが変わるのであれば、僕が手創り市を開催する意味はないと思っています」

逆に言うと、その部分以外だったら、基本的に受け入れていきたい、というのが名倉さんのスタンス。手創り市の中で生まれた「パン祭り」、「BOOKS&SCENE」、「meets brooch」などはスタッフが自主的に企画したものです。
10/25(日)には第二回BOOKS&SCENEが開催される予定。「新しい本の付き合い方、楽しみ方を思い思いに体験できる場所だと思います」と名倉さん 画像提供:手創り市

10/25(日)には第二回BOOKS&SCENEが開催される予定。「新しい本の付き合い方、楽しみ方を思い思いに体験できる場所だと思います」と名倉さん 画像提供:手創り市

「僕自身のこだわりはあるけれど、それが全てにおいて反映される必要はないと思っています。けれど、スタッフ全員が必ず企画をやらなければならないって訳ではないんです。何故なら、企画をやりたいという人は多少の覚悟や責任が必要だからです。でも、その意識が少しでもあれば、任せて問題ないですし、一緒にやっていけます。そもそも僕はあまり人をまとめるつもりがないんです。何故ならそれは、自分がこの場所をつくったという根拠があるからで、個人のままならないことも含めて大事にしたいからです」

「スタッフには『名倉さんは黙っていた方がよく見えるからあんまり話さない方がいい』なんてことも言われるんですよ」と苦笑いしながら話す名倉さん。そんな会話も含めて、長年関わっているスタッフが多いというのもうなずける、風通しの良い現場の空気を感じます。

一番の目標は継続していくこと

2015年10月で10年という節目を迎えた雑司ヶ谷手創り市。つまりそれは名倉さんが手創り市と共に歩んできた年月でもあります。

「『これからの目標は何ですか』って聞かれるんですけど、やっぱり一番の目標は継続していくこと。継続することに意味はあるけど答えはないと思っています。継続していく中で変化をしていく。だから、ベストな手創り市というのはなくて、常にベターですよね。かけるべき時間をかけてよりよくしていきたいです」
代表の名倉哲さん。今回は木漏れ日が射す中でインタビュー。会場の和やかな空気を感じながらお話を伺いました

代表の名倉哲さん。今回は木漏れ日が射す中でインタビュー。会場の和やかな空気を感じながらお話を伺いました

名倉さんの話の節々から、手創り市に参加する人たちによって作られていくものを大切にしたいという思いが伝わってきます。あくまで自分はよりよい舞台を作る裏方であり、これからさらにどういう場所になっていくかは、そこに関わる作家さんとお客さん次第。そしてそれは時間をかけて作っていくほうがいい。「継続することに意味はあるけど答えはない」という言葉の裏にはそんな気持ちが込められているように思います。

「今ある場所は控えめに言うと、決して悪い場所ではないと思っています。いや、自分からするとすごくいい場所だと思うんですよ(笑)」

最後にそう言って、いたずらっぽく笑う名倉さん。その笑顔には自分が好きなこととまっすぐに向き合っている人が持つ清清しさがありました。
手創り市手創り市

手創り市

2006年10月から始まった東京・雑司ヶ谷手創り市をはじめ、千駄木にある養源寺を会場にした&SCENE、静岡縣護國神社を会場にした手創り市ARTS&CRAFT SHIZUOKAなど作家とお客さんが出会う場所を提供し続けている。代表は名倉哲さん。手創り市ごとの企画も人気。

公式サイト

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