人のぬくもりが、物語を紡ぎ出す

迷える人々の心を癒すお店の本《5選》

満月珈琲店の星読み|望月 麻衣
満月の夜にだけお店を開く、"満月珈琲店"。お店の場所は転々と変わり、時にきまぐれに現れます。マスターは星詠みを得意とする、"三毛猫"。悩める人々を星詠みによって導き、訪れる人々に合わせたスイーツやフード、ドリンクを提供。料理やドリンクは、まるで星を散りばめたように幻想的で、心がときめきます。神秘的な占星術の世界に息をのみ、猫と人との和やかなやりとりにほっとする…暗闇にほうっと灯りがともったような、あたたかいお話です。
東京近江寮食堂|渡辺 淳子
突然行方をくらませた夫を探しに東京にやってきた「妙子」は、東京に着いて早々財布を無くし、窮地に立たされてしまいます。途方にくれる妙子でしたが、ある女性に助けられ、成り行きで"東京近江寮食堂"に滞在することに。しかし、夕食は、焦げたハムエッグ、野菜くずを積み上げたようなサラダなどなど…。見かねた元料理屋の妙子は、人々の食事を作り始めます。そんな妙子の作る料理の数々が、人々の心を動かし、時に奇跡を起こすのです。クセの強い管理人や常連客が、実に自然に懐に入り込むので、次第に妙子も打ち解けていき…。妙子の飾らない性格や、たまに垣間見える本音には、思わずくすっと笑ってしまう、人情味あふれた一冊です。
虹の岬の喫茶店|森沢 明夫
舞台は、名もなき岬に佇む"岬カフェ"。上品な佇まいの女性が一人、静かに喫茶店を営んでいます。手作り感にあふれた店内には、テーブル席が2つだけ。そんなこぢんまりとした喫茶店に引き寄せられ、心に傷を抱えた人々が訪れます。ため息をつくほど優しい風味のコーヒーや、ぬくもりある店内、そして女主人の大らかさに心を動かされ、凍った心が少しずつ溶けていきます。けっして、劇的な変化があるわけではないけれど、お客さんは、空に虹がかかったかのように晴れやかな表情を浮かべて、お店を後にする…そんなあたたかい気持ちになれる一冊。
喫茶『猫の木』物語。|植原 翠
突然の転勤を余儀なくされ、田舎の港町にやってきた「夏海」。"左遷された人"というレッテルを貼られ、涙を流しながらの帰り道、"喫茶 猫の木"を見つけます。扉を開けるとそこには、猫の被り物をかぶったマスターが…被り物は、意地でも外さない少し変わったマスターだけれど、なんだか話を聞いてもらいたくなる人柄が、訪れるお客さんの心を癒します。行き詰った人々や、猫のニャー助などを交え、夏海とマスターの距離が縮まっていく様子は、目が離せません。
純喫茶トルンカ|八木沢 里志
下町の端にひっそり佇む「純喫茶トルンカ」。寡黙なマスターと、アルバイト、そしてマスターの娘が、静かにお店を営んでいます。ゆるやかに時間が流れる純喫茶には、過去に傷を持つ人や再会を望む人が訪れ、物語を編み出す…。多くは語らず、ただただ丁寧にコーヒーを淹れるマスターに見守られ、訪れた人の心の鎖が、静かにほどかれていきます。コーヒーのように苦く甘酸っぱく、ほっとする3部作の短編集。
過去と距離をとり、お店を営む人の本《2選》
苦しい状況が続くと、「何もかも忘れて遠くに行きたい」と思うこともありますよね。この章でご紹介するのは、「過去から離れ、お店を営む人」が主人公の本。"今"に目を向け毎日を生きる主人公と、それを支える周囲の人々の姿が、胸に感動をもたらします。
風のベーコンサンド|柴田 よしき
主人公「奈穂」には、身体と心が病み、ついには入院した過去が。そんな彼女が一人、百合が原高原にカフェをオープンし、赤字覚悟でカフェを切り盛りする物語です。作中に出てくる料理は、作り方から盛り付けまで細かく巧みに描写されており、読んでいるだけで胸やお腹がいっぱいに。「有機野菜の仕入れ先」「お店の模様替え」「近くの牧場から乳製品やソーセージをもらう」など、人とのつながりやお店作りまで、見どころ満載です。過去を乗り越え必死にお店を営む奈穂の姿はすがすがしく、勇気をもらえるはず。
さめない街の喫茶店|はしゃ
舞台は、さめない街"ルナティア"。小さな喫茶店"キャトル"で働く主人公「スズメ」は、夢か現実かさえわからないまま、今日もお店でお菓子を作ります。誰にも邪魔をされず、お菓子と向き合う時間に心が満たされ、スズメは次第に夢のようなこの場所から、離れたくないと思ってしまい…。スズメの側に、ぼそっと立っているマスターや、訪れるお客さんの穏やかさに、たびたび癒されます。食材を見つけると、「あれを作ってみようかな」とアイデアが広がる描写には、わくわくするはず。繊細なタッチで描かれた絵と、心がこもった丁寧な文字も、"夢のような"世界観を作り上げる要素なのだと思います。
疲れた時に、寄りたくなるお店の本《2選》

この章でご紹介するのは、疲れた時に寄りたくなるお店の本。「今日は落ち込みぎみ…」という時などに、ふと思いつき立ち寄りたくなるお店があると、心に余裕が生まれるかもしれません。
雑貨店とある|上村 五十鈴
とある町にあるお店、"雑貨店とある"。お店を営むのはのんびり屋の店長と、しっかり者の男子高校生。そこで出されるスイーツを一口食べて、「思い出の箱が開き、懐かしさに浸る人」もいれば、「歩みだすきっかけをつかむ人」も。いつものほほんとした店長のささいな言葉に、お客さんだけではなく読者も胸を打たれるはず。さらに、身体にも心にも優しいスイーツのレシピや豆知識も盛り込まれているので、読後にはお菓子作りがしたくなってくるかもしれません。
大衆酒場 ワカオ|新久 千映/猫原 ねんず
"大衆酒場 ワカオ"は、駅から15分の、小さな居酒屋。大将・料理人の「ワカオ」の視点で描かれる、料理とお客さんの人間模様がテーマの漫画です。言葉は少なく、ちょっと強面のワカオですが、心の中でお客さんに話しかけ、常に料理へのこだわりを語っています。刺身盛り合わせや、若鶏の竜田揚げなど、ごく普通の居酒屋メニューですが、ワカオのささやかなこだわりがスパイスとなり、その美味しさにお客さんも思わずにっこり。嬉しいことがあると、微妙に顔がゆるんだり、料理の匂いや音を楽しむワカオの姿を見ていると、読むほうも思わず笑顔がこぼれてしまいます。
どんなお店も、誰かにとっての大切な場所

心の傷や葛藤に苦しみ、立ちすくむ人が、ふらっと訪れたお店。そこで出会う、店員さんやお客さんのぬくもりにふれ、凍った心をゆっくりと溶かしていく…この章でご紹介する本には、お客さんを静かに見守り、時には背中を押してくれるようなお店や人々が登場します。