昔はみんな、どんなものを食べてたの?明治・大正・昭和の知恵が息づく「おうちごはん」特集

昔はみんな、どんなものを食べてたの?明治・大正・昭和の知恵が息づく「おうちごはん」特集

「明治・大正・昭和時代」といえば、祖母や母が娘時代を過ごした、近いようで遠い時代。120年ほどの間に「文明開化」に「大正デモクラシー」、「第一次世界大戦」に「太平洋戦争」、「日清・日露戦争」など、いくつもの大きな変化・戦争が起きた激動の時代でした。歴史的な事件については授業で習うものの、当時の人々が何を食べ、どんな日常生活を送っていたのか、知っているようで知らないこともまだまだ多いですよね。そんな明治・大正・昭和時代の「おうちごはん」を振り返り、「今」に活かせるような知恵を見つけてみませんか? 2018年03月25日作成

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昔ながら
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知っているようで知らない「明治・大正・昭和」時代

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「明治・大正・昭和」時代といえば、「文明開化」に「第一次世界大戦」、「太平洋戦争」に「終戦」とめまぐるしく歴史が動いた、激動の時代。

歴史的な事件を授業で習った記憶ならきっとありますよね。でも、祖母や母が過ごした時代でありながら、当時の日常生活については「よく知らない……」かも。
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そこで注目したいのは当時の「おうちごはん」。
その頃はみんな、どんな風に食卓を囲み、どんなものを食べていたのでしょうか。

「明治・大正・昭和」の食卓から、「今」に活かしたい先人の知恵を学んでみませんか?

「明治の食卓」はどんな風だった?

明治・大正時代の「箱膳」

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明治・大正の頃の家庭では、食事時によく使われていたのは「箱膳(はこぜん)」という箱型のお膳でした。

1人1膳、自分の前に置いて食べ、使った食器はお茶やお湯ですすいで「箱膳」の中にしまったのだそう。結婚する時には、自分のお膳を嫁入り先に持っていった、という話も。

昭和時代には「ちゃぶ台」

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「ちゃぶ台」が普及したのは昭和に入ってから。

まあるいフォルムがどこか可愛らしい「ちゃぶ台」は、皆で食卓を囲む「一家団欒」の象徴ともなりました。和室で食事をすることが減った現在、主流はテーブルに移りましたが、暖かみある「ちゃぶ台」は今も魅力ですね。

「和食」に息づく先人たちの知恵

1.「桜の花」と「油揚げ」入り「麦ごはん」

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明治・大正時代には、高価な白米の代わりに「麦ご飯」を食べる事が多かったそう。当時はやった「脚気(かっけ)※」を防ぐ意味合いもあったようです。
冷えると食べづらい麦に「桜の花」や「油揚げ」を混ぜ込むと、よりおいしくなったのだとか。

白ご飯にも応用できるアイデアです。
※脚気(かっけ):ビタミンB1の欠乏により「疲れやすさ」「だるさ」「食欲不振」など、夏バテのような症状が起こる病気。

2.「茶粥」

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明治の頃は、「白米」が用意できてもあえて「麦」を食べたり、「晩は寝るだけだから」と夕食を「お粥」と「漬物」だけにしたり、または「一汁一菜」にするなど、質素・倹約を心がけた家も多かったよう。
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当時の「茶粥」レシピの1つは、米と麦を5:3の割合で合せたお粥に、「番茶」入りの袋と「塩」を入れたもの。麦をお粥にするのは、少ないお米をかさ増しし、固い麦を美味しく頂く知恵でした。

百均の「お茶パック」等を使えば手軽に作れそうですね。さつま芋を入れても◎

3.「しょうがの佃煮」

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「薬味」に使った後、使い切れない事もある「しょうが」ですが、千切りにしておかかなどを入れて「佃煮」にすると、立派な1品に変身します。
これも明治の母の知恵。しょうがの辛味を弱めたい時は煮る前に水にさらすのだそう。

お茶漬けや口直しにもぴったりです。

4.「鯖の水煮缶」で作る「ピンチ鍋」

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今も昔も「お給料日前のピンチ」には変りありません。

お手頃価格の「鯖の水煮缶」を白菜と煮れば、約10分で経済的なピンチ脱出鍋が出来上がります。
これは昭和のNHK番組『こんにちは奥さん』でも放送された一般公募のアイデア。お財布のピンチを乗り越える「知恵」ですね。

昔ハイカラ、今レトロ。~定番の「洋食」について

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「コロッケ」に「カツレツ」、「ハンバーグ」など、洋食が食べられるようになったのは明治の頃から。

しかし、明治初期には、洋食の食材は高価で稀少だった上、バターや牛乳などの冷蔵保存が難しかったため、洋食は「家庭料理」とはほど遠い状態でした。
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明治30年代頃には、氷の塊を「木製の箱」の上部に入れて食材を冷やす「冷蔵庫」が現れます。

「女学校」の授業や大正6年創刊の『主婦の友』などの雑誌から、次第に「洋食」のレシピが普及しましたが、それでもまだまだ洋食は「外で食べるもの」という認識だったよう。
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そんな洋食事情の中、洋食でありながら、時間をかけて着実に「家庭料理」として定着していったメニューがありました。それはなんと「カレー」。

いったいなぜなのでしょうか?

5.「カレーライス」の変遷

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明治6年頃には、陸軍幼年生徒隊ではすでに「ライスカレー」が食べられていました。

また、明治17年頃「脚気」に悩む海軍が、栄養摂取のため、イギリス海軍の「カレー」を「麦飯」と共に献立に取り入れました。兵士は家族にレシピを伝え、一般家庭にも広まったのだそう。
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明治26年には『婦女雑誌』で「即席ライスカレー」の作り方が紹介されています。レシピは「かつおだし」を使ったものでした。

「カレールウ」がまだ販売されていなかったため、当時のカレーは野菜を「カレー粉」と「だし」で煮込んだものが一般的だったようです。
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家庭ではこのような「和風のカレー」が食べられていた一方で、昭和2年になると「中村屋」が喫茶部で「純印度式カリーライス」を出し始めて、たちまち大人気に。

実は、こうしてカレーの本場「インド」のカレーの味が日本に広まったのには、歴史的な経緯がありました。
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大正4年、英国に追われていたインド独立運動の志士「ラス・ビハリ・ボース」は日本に亡命中でした。

このボースをアトリエにかくまったのが「中村屋」だったのです。中村屋はボースの提案で本格的なインドのカレーを作り、さらに日本人好みにアレンジ。これがヒットにつながりました。
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一方、家庭では、戦後「固形ルウ」が販売されて、現在のようなカレーライスが食べられるようになりました。

そんな歴史を感じながら食してみると、いつものカレーライスも、一段とおいしく感じられるかも?
さあ、市販のルウを使いつつ、ちょっぴり本格的なカレーを作ってみましょう。

6.「コロッケ」

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カレーと並ぶ大衆食「コロッケ」。由来には諸説ありますが、フランス料理の前菜のひとつである「クロケット」がなまって「コロッケ」と呼ばれるようになったのではないかと言われています。
当時は「じゃがいも」を使ったものが主でしたが、こんなかぼちゃのコロッケも美味しいですよね。
大正6年には『コロッケの唄』が大流行します。東京歌劇座上演の『カフェの夜』劇中歌でした。
「ワイフ貰って嬉しかったが、いつも出てくるおかずはコロッケ。今日もコロッケ、明日もコロッケ……」
歌の流行につれ、コロッケそのものも家庭の味として定着していったのだとか。

そういわれてみると「コロッケ」ってなんだか可愛らしい響き♪知ると、その分好きになって、作ってみたくなります。

おばあちゃんの味~昔なつかし手作り「おやつ」

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◆明治・大正・昭和の「おやつ事情」◆
明治元年:「ラムネ」製造される
明治2年:横浜で町田房造「アイスクリーム」を販売
明治8年:米津風月堂「ビスケット」製造
明治9年:木村屋「あんぱん」販売
明治11年:米津風月堂「貯古齢糖(チョコレート)」発売
明治44年:「森永ポケット・キャラメル」発売
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舶来や和洋折衷のおやつが次々に発売された明治時代。「アイスクリーム」などの冷たいデザートも登場し、明治28年には「氷しるこ」等を出す「氷屋」がはやりました。

おやつは子供にも大人にも楽しみなもの。当時、家庭ではどんな「おやつ」が作られていたのでしょうか?

7.干し餅を使って作る「手作りおせんべい」

鏡餅など、お正月の「おもち」が余ってしまうことって、ありますよね。

そんな時には、割ったおもちをざるに入れて軒先に干しておいたのだそう。寒風でひび割れてざくざくになったおもちをつきくずして粉にし、型抜きして焼いて「おせんべい」にしたのです。
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「ごま」や「塩」などを入れて、味つけも工夫していたのだとか。余ったお餅を無駄にしない知恵ですね。

春先にはお餅の代わりに「米粉」を使って揚げたこんな「エビせんべい」も、無添加で安心の素朴なおやつになりそうです。

8.「フルーツポンチ」

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美しいフルーツを器に盛り、サイダーを注ぐ「フルーツポンチ」。

もともと「ポンチ」とは、蒸溜酒に砂糖・ライム・スパイス・水などを入れ、大きなボウルで混ぜ合わせたカクテル「パンチ」のことでした。オランダ経由で日本に渡来し、「ポンチ」と呼ばれるようになりました。
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大正12年、この「ポンチ」に果物を合わせた「フルーツポンチ」を考案したのは、「銀座千疋屋」。

当時、ハイカラな家庭では、自宅で作ることもあったよう。洋酒の代わりにサイダーが使われるようになり、今では家庭でもすっかりおなじみですね。

9.「いももち」

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お餅をさつま芋と一緒に蒸してこねる「さつまいも餅」は、鹿児島県では「ねったぼ」と呼ばれる郷土料理ですが、明治の頃にもおやつとして家庭で食べられていたようです。

お餅をさつまいもと一緒にこねると「冷めても固くなりにくい」のだそう。おやつを長く楽しむ知恵ですね。

時には「昔」あっての「今」に思いを馳せて

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「明治・大正・昭和」を振り返ってみると、和洋・新旧の文化が交じり合う華やかな時代であるものの、戦時下の庶民にとっては「質素」につつましく暮らした時代でもあった事に気づかされます。

今ほど潤沢な食材に恵まれず、だからこそ「工夫」が生まれたのかもしれません。

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当たり前のように根づいている「今」の食習慣が、その昔、見知らぬ誰かの「工夫」から生まれたことに思いを馳せてみるのも、時には感慨深いものです。

明治・大正・昭和に息づくおばあちゃんの「知恵」、ぜひ今にも活かしてみてくださいね。
※この記事は、こちらを参照して書かせていただきました。
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