ふたりのマイルール
【連載】ふたりのマイルール 最終回
 - 不仲だった兄と妹。育ってみたら同じのカバー画像

ふたりのマイルール 最終回
- 不仲だった兄と妹。育ってみたら同じ味

写真:yansuKIM 取材・文:西岡真実

“ルール”と聞くと少し堅苦しさを感じますが、夫婦や仕事のパートナーなどごまかしのきかない距離感では、なにかしら決め事があったほうがスムーズにいくような気もします。それなら「素敵な関係のためのルール」って?毎回さまざまな「ふたり」に登場してもらい、心地よい関係を保つ秘訣を伺う連載。今回は山梨で家業を継いだ兄妹。幼少時代の不仲?から一転、今や仕事だけでなく共通の友人や行きつけの店も同じ。歌って踊る「発酵兄妹」として活躍するお二人のマイルールを伺いました。

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2020年03月27日作成
【連載】ふたりのマイルール 最終回
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最近はもっぱらサウナと“寅さん”にハマっているという仁(ひとし)さんと、温泉を愛してやまない洋子さん。そんな兄妹が顔を合わせれば、話題にのぼるのは地元の大衆浴場について。

「正月に顔を合わせてまず話したのもサウナの話でした」
「休みの日に温泉行ったら、偶然会うことも(笑)」

趣味や考え方が似てるといいますが、仕事に関してもそれは例外ではなく、やりたいことは一致。山梨で創業150年余りとなる老舗の看板を背負いながらも、みんなで踊れる『手前みそのうた』を作るなど、兄妹で面白いことを仕掛けています。
歌って踊る「味噌作りワークショップ」や発酵について語るラジオ番組。さらには、敷地内にワークスペース「KANENTE」や蔵を改装したカフェ「tane」を作ったりと、常にユニークなアイディアで周囲を楽しいことに巻き込んでいる五味兄妹。

今回の“ふたり”は、さまざまなアプローチで発酵文化を広める「発酵兄妹」こと、五味醤油の五味仁さん、洋子さんです。

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家業を継ぐという選択に“覚悟”はなかった

幼い頃から暮らしのなかに商売がある環境で育ち、ごく自然に「家業を継ぐ」感覚があったという兄・仁さん。

一方、兄と同じ東京農業大学に進んだものの「家業を継ぐ気はまったくなかった」という洋子さんは、東京で就職。
ただ、会社員として働くなかで「ひとつの会社が100年以上続くってすごいことなんじゃないか」と気づき、「なにかしら家業の手伝いができたら」と漠然と思うように。

その後、生き方を問われるような大きな災害・東日本大震災を経験。都会に住み続けることに疑問を感じはじめた矢先にかかってきたのが、兄からの一本の電話でした。

「山梨に帰って、家業を手伝わないか」

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Rule1:2人で決めたことはちゃんとやる

アイディアマンの兄としっかり者の妹。大抵は兄の「言い出しっぺ」からはじまり、外交担当の妹が調整していくのがお決まりのパターン。仕事も会話のテンポも、今でこそ息ぴったりのお二人ですが、かつては兄妹といえどもほとんど交流がなかったというから驚きです。
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洋子さん:おにぃは今でこそ温厚な感じだけど、昔は怖くて話しかけることもできなかったよね。もうケンカにもならないくらい怖かった。

仁さん:だいぶ尖ってたね。

洋子さん:いつも怒ってるような人で、二十歳くらいまでほとんど話したこともなくて。なのに、ある時期を境に突然、ものすごい「いい人」に変わってて。一体、なにがあったんだろうって(笑)。

仁さん:頭でもぶつけたんじゃないかな(笑)。あるとき「イライラしないほうが楽だな」って気がついたんだよね。

洋子さん:毒を出し切ったのかもね。昔だったら、なにかあるたび“キレてた”けど、今は一呼吸してから穏やかに対処してて、すごいなって思う。逆に私のほうがカッとなったりして。
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仁さん:洋子のほうが口が立つしね。でもあの頃を考えると、今一緒に仕事してるのが不思議な感じ。

洋子さん:意外なのは、仕事でなにかするにも2人の意見は一致することが多いこと。敷地内にワークスペース作るとか、カフェスペース作るってときもお互いに「いいね!」ってなったし。

仁さん:2人でいいと思ったことに関しては「ちゃんとやる」っていうのが、兄妹のひとつのルールだよね。

洋子さん:今思えば、兄が「帰っておいで」と私に声をかけたのは、人手が必要だったのもあるけど、なんだかんだ同じ価値観の人間を迎え入れたかったんじゃないかと。昨年兄が6代目に就任したんですが、当時はまだ父が社長で、従業員も年上ばかりだったから、やりづらいこともあっただろうなって。

仁さん:傍から見ると、いろいろ自由にやってるとか家族仲がいいとか見えるだろうけど、大変なことはもちろんあるし。親とぶつかったりしても、外であんまり言わないですしね。

洋子さん:実際「KANENTE(※ワークスペース)」を作るときも2人で親にプレゼンして、「銀行からお金借りて自分たちでやるので見守っていてください」って説得するところから。親もいろいろと思うところはあっただろうけど、そこはぐっと堪えてくれてましたね。
兄妹お二人で写っている写真は1枚もない?という衝撃の事実が発覚。あまり仲よくはなかった幼き頃。
その証拠に「おにぃの誕生日(の写真)、私嬉しそうじゃないですもん(笑)」

兄妹お二人で写っている写真は1枚もない?という衝撃の事実が発覚。あまり仲よくはなかった幼き頃。
その証拠に「おにぃの誕生日(の写真)、私嬉しそうじゃないですもん(笑)」

Rule2:あだ名をつけて愛着を持つ

独自の世界観をつくり、ぐっと人との距離を縮めるのが上手な兄妹。よそよそしさが残る人やモノとの距離を縮めるのに使うツールは「あだ名」でした。仕事で物事を進めていく過程でも、独自の名前をつけてひとつの共通認識を生み出し、愛着を深めていくのが上手なお二人です。

使われていなかった蔵の半分をリノベーションし誕生した喫茶スペース「tane」。古材の窓をパッチワークのように配置した仕切りからは味噌蔵の様子もうかがえる

使われていなかった蔵の半分をリノベーションし誕生した喫茶スペース「tane」。古材の窓をパッチワークのように配置した仕切りからは味噌蔵の様子もうかがえる

コーヒーとクッキーの幸せな香りでいっぱいの喫茶スペースでは、AKITO COFFEEのコーヒーと焼き菓子が楽しめる。こちらは五味醤油の味噌を使った期間限定販売の「みそクッキー」

コーヒーとクッキーの幸せな香りでいっぱいの喫茶スペースでは、AKITO COFFEEのコーヒーと焼き菓子が楽しめる。こちらは五味醤油の味噌を使った期間限定販売の「みそクッキー」

洋子さん:無意識にやってるルールというか。私たちなにかに名前をつけて愛着を湧かせるのが好きだなって気がついて。たとえば、「KANENTE」とか「tane」も、プロジェクトを進めてる過程で気がついたらそう呼んでて。名前をつけることで愛着を持って、より大事にしていくっていうのはあるかもしれない。

仁さん:そうそう、今洋子が住んでる場所って、もともと僕がDIYした古い小屋みたいな所なんですけど「匠ハット」って呼んでるんです。そしたらみんながそう呼びだして、いつの間にか定着してるっていう。ただの小屋なんですけどね、なんかいいでしょ。
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洋子さん:誰かが名前をつけたら、たとえ変なあだ名でもちゃんと名前で呼ぶようにしてるよね。そうすることで独自の意味が生まれる気がするし、どんどん愛着も湧いてくる。

仁さん:あだ名をつけるっていう習慣は、うちの父もよくやってて。小さい頃、僕は「べんけい」って呼ばれてた(笑)。

洋子さん:私はなぜか「ぷんちん」(笑)。

Rule3:相手の矛盾を許す

「『家族だから』という甘えから、きつく言ってしまい反省することも」と言う洋子さん。一方で、家族だからこそ、相手の甘えや矛盾を許すことだってできる。そんな懐の広さも身内ならではです。
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仁さん:実家に戻ってきてしばらくした頃、洋子がひとり暮らししたいと言い出したんだけど、その理由として出してきた切り札がすごくて、「お母さんに優しくしたいから」(笑)。

洋子さん:(笑)。


仁さん:さらに、実際ひとり暮らしは果たしたけど、たいして優しくはなってない(笑)。あぁ、家族ってすごいなって、思いましたね。

洋子さん:大学進学で家を出てから8年間ひとり暮らししてたので、自分の生活のルールみたいなものができるじゃないですか。そうすると母の洗濯物の干し方、たたみ方とか、細かいことが気になるんですよね。仕事でも一緒なので、もっと自分のペースでやれる場所がほしいなって思って。

仁さん:見てるとどうでもいいことでケンカしてるんで、女子同士って大変だなって思いますけど(笑)。

洋子さん:結局ひとり暮らしした後も、仕事が忙しい時期とかは実家でごはん食べてたりしてます。ありがたいですね(笑)。

仁さん:普通に実家にいるから。あれ?って。でもまあ、「言ってたことと違うじゃん!」って思うこともあるけど、誰でも矛盾を抱えてるんで。「まあ、そうだよね」って。そういうのをあまり気にしないのも大事かなって。
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行きつけの店、友人まで同じ兄妹

幼い頃はまったく接点も会話もなかったのに、今となっては、趣味や考え方、行動範囲まで似ているという兄妹の不思議。休日も示し合わせたように偶然バッタリ!ということも少なくないのだとか。
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洋子さん:おにぃとは、感動ポイントが一緒

すごく小さな街に住んでるので、兄妹でも行きつけのお店とか友達まで一緒だったりするんです。

自分が嬉しいとき感動したときって、おにぃも私もすぐ人に言いたくなっちゃうタイプなんですけど、飲みに行って大興奮でお店の人に話したら「この間お兄ちゃんから聞いたよ」とか言われることも(笑)。

感動するポイントとか伝えたいって気持ちのテンションが似てるんだなって思いますね。

あとは、異性の兄妹ならではのバランスというか、ほどよい距離感がよくて。女同士だと口ゲンカ、男同士だったら殴り合いになりやすいところも、男女だからなんとなく遠慮できる。だからあまりケンカにならないのかも。

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仁さん:これから兄妹でやりたいことは…

家族で仕事してるっていうのもあって、ずっと一緒にいても息が詰まるんですよ。なので、洋子が明らかに「サボってるな」ってときも、そんなに追求しないですね。「まあサボるよね」って。

ただ、兄妹でサボる場所も大体同じなんで、僕と妹が入れ違いでカフェに行って「さっきお兄ちゃんきてたよ」とか言われるようですけど(笑)。お互いさまな感じです。

あんまりせかせか働くより、寅さんみたいな生き方もいいなって最近思ってて。生きるのに必要なものはそんなに多くないから、家族を養えるくらいの稼ぎがあって、本読んで、それでサウナ入れたらそれでいいかなって。

兄妹で好きなものが似てて、自分たちが本当にいいと思ったものと真摯に向き合ってきたし、これからも自分たちなりの発信の仕方とか暮らしの提案をし続けていけたらな、と思ってます。

たとえばですけど、温泉とかサウナ施設とか(笑)。味噌の麹作るときって暖かくてサウナ室みたいなんですよ。「温泉付きの味噌屋なんてどうかな」とか。そういうこと考えてるのが楽しいです。

とにかく大事なのは、味噌屋でも温泉施設でも、どんな仕事であれ愛と情熱を持ってやることかなと思ってます。
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おいしく発酵し続ける「発酵兄妹」

味噌屋の枠を飛び越えて、「面白い」と思うことをやってきたお二人ですが、根っこには味噌に対する同じ想いがあります。

「いろいろやってるけど、私たちの伝えたいことは実はシンプルで。たとえば、朝、出汁から丁寧に作った味噌汁を頂いてホッとできる瞬間があるだけで、『今日はいい一日になりそう』って思える。そんなふうに、味噌汁を味わう幸せが、どこかの誰かにも届いたらいいなって」
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今では珍しい天然醸造で作られている五味醤油の味噌。

戦後から使い続けているという貫禄たっぷりの木桶を使い味噌を仕込むと、ゆっくりとおいしい味噌へ変化していきます。仕込んだ桶ごとに住み着く菌も異なり、仕上がりの味わいが違うのも面白いのだとか。

同じ家で育ちながら、接点を持たなかったというお二人。でも同じ桶に仕込まれた味噌が同じ風味に仕上がるように、お互い気づかないまでも、じわりじわりと同じ価値観が浸透し兄妹らしくなっていました。


酵母が生きている五味醤油の味噌は、完成してからも少しずつ発酵し風味が変化していくのも楽しみのひとつ。

“老舗の味噌屋”という木桶のなかで、これからどう発酵し続けていくのか。「発酵兄妹」として活躍するお二人が味に深みを重ねていく様子が見えるようでした。
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五味醤油 - 甲府のまちのおみそ屋さん
山梨県甲府市で手づくりの味わい残る甲州みそを製造する、創業150年の五味醤油の公式サイト。手前味噌キット、てまえみそのうた、ワークショップを通じて手前みそ文化の普及活動を行っています。
オンラインショップで扱う味噌は、米麹と麦麹をあわせた「甲州やまごみそ」。全国でも珍しい味噌の種類で、コクと甘みが感じられるお味噌です。(記事画像にある米こうじ味噌は、五味醤油の実店舗で購入いただけます)

※かつては醤油の扱いもありましたが、現在は味噌のみ製造
AKITO COFFEE | KOFU, YAMANASHI
AKITO COFFEE(アキトコーヒー)は山梨県甲府市、甲府駅北口の武田通りにあるコーヒースタンドです。2019年には城東に旧醤油蔵をリノベーションした焙煎所&カフェ AKITO COFFEE @Taneもオープンしました。
撮影でお借りした五味醤油の喫茶スペース「tane」では、AKITO COFFEEのおいしいコーヒーと焼き菓子がいただけます。(※営業日はAKITO COFFEEのインスタにてご確認を)

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