インタビュー
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vol.106 木村木品製作所・木村崇之さん -青森から世界へ。りんごの木に吹き込む新しい命

写真:岩田貴樹

日本一のりんご王国、青森県弘前市。この地に4代続く町工場・木村木品製作所では、世界で唯一「りんごの木」を使ったものづくりを発信し、国内外から注目を集めています。本来であれば廃材となる木に、新たな価値を見出し、命を吹き込んだのは4代目の木村崇之さん。20年間にわたるプロジェクトの背景には、生まれ育った津軽の地への特別な思いがありました。

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2019年12月27日作成

青森のりんご文化を世界へ

(写真:木村木品製作所)

(写真:木村木品製作所)

りんごの生産量が日本一を誇る、青森県弘前市。市街地を離れると、霊峰・岩木山に見守られるように一面のりんご畑が広がります。

「雪をのぞけば、本当に住みやすいところ」
そう話すのは、木村木品製作所の4代目・木村崇之さん。今年で創業45年を迎えた小さな町工場は今、世界から注目されるものづくりを発信しています。
1階は工場、2階が事務所となっている。看板の書体は、先代の友人が描き起こした世界にひとつだけのもの

1階は工場、2階が事務所となっている。看板の書体は、先代の友人が描き起こした世界にひとつだけのもの

木をカットし、打ち、削る。工場のいたるところで小気味よい音が飛び交う

木をカットし、打ち、削る。工場のいたるところで小気味よい音が飛び交う

もともとは建具や家具、商業施設の什器を中心に製造していた木村木品製作所。2005年に販売を開始した木製玩具を皮切りに、オリジナル製品の開発にも力を入れています。県産材木を使った玩具や雑貨には素朴な味わいがあり、全国のギフトショップなどでじわじわとファンを増やしてきました。

とりわけ力を入れているのは、県のシンボルでもあるりんごの木を使ったアイテムです。2016年には「Ringoスツール」を引っ提げ、「WOOD FURNITURE JAPAN AWARD 2016*」に出展。国内外から注目を集め、イタリア発のWEBメディア『designboom』に掲載されたことをきっかけに、パリのギャラリーでもスツールの取り扱いがスタートしました。
*「Harmonia 共鳴するものづくり」をテーマに掲げ、現在の日本を代表する木製家具を公募した。木村木品製作所は、デザイナーとメーカーを応援する「マッチング部門」に参加し、パリと東京で展示された
青森県産のひば・りんごの木を使用した「Ringoスツール」(写真:木村木品製作所)

青森県産のひば・りんごの木を使用した「Ringoスツール」(写真:木村木品製作所)

「りんごの木を使っている製造元は、世界でうちだけだと思います」と木村さん。家具や小物など、わたしたちが暮らしのなかでよく目にする無垢材といえば、ナラ(オーク)、クリ、ヒノキ、ウォルナット……といったところでしょうか。国産・外国産も合わせて木材の種類を挙げればきりがありませんが、いわれてみると「りんご」は聞いたことがないかもしれません。

現在栽培されているりんごの木は、剪定や収穫の作業がしやすいように品種改良され、背を低くしたもの。つまり、大きな木工品には使えないうえに、節も多く加工しにくいため、そもそも木材に適した木ではありません。
りんごの木。背が低く、枝が曲がりくねっているため本来は加工に向かない(写真:木村木品製作所)

りんごの木。背が低く、枝が曲がりくねっているため本来は加工に向かない(写真:木村木品製作所)

価値あるまっ赤な果実が成るその木は、燃料以外に使い道がなく、役割を終えると多くは廃材として処分されていました。それではなぜ、木村製作所ではあえて「りんごの木」を使うのでしょうか。その理由は、この地で生まれ育った木村さんの思いにありました。

「世界の銘木にも劣らない」りんごの木の魅力とは

4代目の木村崇之さん

4代目の木村崇之さん

木村さんがりんごの木の商品開発を始めたのは、今から約20年前。知人から「何かに使えないか?」と、伐採された木を大量に譲り受けたことがきっかけでした。しかし、製品を作り上げるまでは長い道のりだったといいます。

「僕たちは、剪定した枝とか、なんでもかんでも使っていると勘違いされることが多いのですが、木材にするのは幹の太い部分のみです。そのなかでもコブや空洞化していない、状態のよい木だけを選んでいる。普通だったら材木屋さんからきれいな木材をもらってそのまま使えますが、りんごに関しては製材してもらえないので、自分たちで伐採するところから始める。本当に効率が悪いんですよ(笑)」
vol.106 木村木品製作所・木村崇之さん -青森から世界へ。りんごの木に吹き込む新しい命
伐採から乾燥まで技術の開発にくわえ、残留農薬や害虫などの問題にも直面。社員一丸となってノウハウを蓄積しながら、気が遠くなりそうなハードルを乗り越えてきました。機械はほとんど使わず、人の手によっておこなわれている作業のほんの一部をご紹介します。

1.伐採

まずは職人自らりんご園に足を運び、木の状態を見極める。重機などはないため、チェーンソーを用いて自分たちで伐採。使えるかは切ってみるまでわからないのだそう。写真は岩木山の麓の放棄されたりんご園。廃材が出る背景には、後継者不足、りんご園の土地の売却や品種変更、木の病気などさまざまな事情がある(写真:木村木品製作所)

まずは職人自らりんご園に足を運び、木の状態を見極める。重機などはないため、チェーンソーを用いて自分たちで伐採。使えるかは切ってみるまでわからないのだそう。写真は岩木山の麓の放棄されたりんご園。廃材が出る背景には、後継者不足、りんご園の土地の売却や品種変更、木の病気などさまざまな事情がある(写真:木村木品製作所)

2.製材

男性3⼈でやっと持てるほど重い幹を⼯場に運び、さらにチェーンソーで割る。その後専用のマシンで製材作業をおこなう。リンゴの木はとても固いため、細心の注意が必要(写真:木村木品製作所)

男性3⼈でやっと持てるほど重い幹を⼯場に運び、さらにチェーンソーで割る。その後専用のマシンで製材作業をおこなう。リンゴの木はとても固いため、細心の注意が必要(写真:木村木品製作所)

3.乾燥処理

労力とリスクを伴う作業を終え、ようやく形になった木材は、半年ほど桟積みで天然乾燥させる。本来であれば3年が望ましいが、できるだけ早く製品を届けるため、人工乾燥機を併用している。写真は30年以上前の古木。とても状態のよい木なので大切にとってある、と木村さん

労力とリスクを伴う作業を終え、ようやく形になった木材は、半年ほど桟積みで天然乾燥させる。本来であれば3年が望ましいが、できるだけ早く製品を届けるため、人工乾燥機を併用している。写真は30年以上前の古木。とても状態のよい木なので大切にとってある、と木村さん

3.木材のクオリティをキープする独自の保管法

乾燥した木の状態を保つため、木材は「コンディショニングルーム」で保管する。厚いビニールシートで部屋を覆い、除湿乾燥機で水分を抜く。クオリティに影響する大切な作業

乾燥した木の状態を保つため、木材は「コンディショニングルーム」で保管する。厚いビニールシートで部屋を覆い、除湿乾燥機で水分を抜く。クオリティに影響する大切な作業

りんごの木を譲り受けてからも数年は、本業である建具や什器の製造に追われ、自社製品に力を入れる時間はなかなか作れなかったそうです。しかし、木村さんはときに周囲の人を頼りながら、地道に研究を続けてきました。その熱意が通じてか、地元の商工会議所をはじめ、活動に賛同してくれる人たちが現れると、輪が広がっていきます。
「ウッドデザイン賞 2015」を受賞した「りんごの木の名刺入れ」。内部にバネがあり、取り出しやすい仕様になっている。肌ざわりのよいりんごの木の質感が伝わる、なめらかな仕上がり(写真:木村木品製作所)

「ウッドデザイン賞 2015」を受賞した「りんごの木の名刺入れ」。内部にバネがあり、取り出しやすい仕様になっている。肌ざわりのよいりんごの木の質感が伝わる、なめらかな仕上がり(写真:木村木品製作所)

転機となったのは、2013年に出展した「東京インターナショナルギフトショー」。りんごの木の価値をもっと上げていきたいという思いから、「CHITOSE」というトップブランドを立ちあげての参加でした。ブランド名は拠点となっている千年という地名にちなんでいます。

当初は箸や皿などの小物を作っていましたが、手間の割にどうしても単価が安くなってしまうのが悩み。「CHITOSE」では、技術を工夫することでアクセサリーからバスグッズ、リビング用品など、アイテムの幅を広げました。試作品を展示すると、想像以上の反響が。手ごたえを感じ、海外への出展も積極的に参加するようになりました。
江戸時代に津軽藩の藩主が、岩木山を見渡せるこの地を一大行楽地にしようと「千年山」と命名したことが現在の地名の由来。「ものづくりで人々の生活に夢を潤いを提供したい」という願いとこの地名の由来が重なることから、トップブランドを「CHITOSE」と名付けた

江戸時代に津軽藩の藩主が、岩木山を見渡せるこの地を一大行楽地にしようと「千年山」と命名したことが現在の地名の由来。「ものづくりで人々の生活に夢を潤いを提供したい」という願いとこの地名の由来が重なることから、トップブランドを「CHITOSE」と名付けた

CHITOSEの「APPLE TREE」。りんごの木には小さい節目も多く、それだけで廃材になることも。穴埋め加工で節を取り除き、デザインの一部とすることで、ひとつとして同じデザインがないトレーが完成した(写真:木村木品製作所)

CHITOSEの「APPLE TREE」。りんごの木には小さい節目も多く、それだけで廃材になることも。穴埋め加工で節を取り除き、デザインの一部とすることで、ひとつとして同じデザインがないトレーが完成した(写真:木村木品製作所)

CHITOSEでは「太陽を纏うりんご」と名付けたアクセサリーも展開している。ひとつひとつパーツを削り出し組み合わせたデザインには、職人の丁寧な仕事が光る(写真:木村木品製作所)

CHITOSEでは「太陽を纏うりんご」と名付けたアクセサリーも展開している。ひとつひとつパーツを削り出し組み合わせたデザインには、職人の丁寧な仕事が光る(写真:木村木品製作所)

「たぶん、りんごの木じゃなかったら、ここまでやっていなかったんじゃないかな。大変な労力がいりますが、それ以上に木自体に魅力があるんです。ふだんから世界の銘木といわれる木を触っていますが、しっとりとした感触や個性のある木目の表情は、それにも劣らない存在感があるんです。はるか昔の神話から、ニュートン、ビートルズ、スティーブ・ジョブズ……。何か力を持っているというか、『気付き』をくれる果実だと思います」
vol.106 木村木品製作所・木村崇之さん -青森から世界へ。りんごの木に吹き込む新しい命
vol.106 木村木品製作所・木村崇之さん -青森から世界へ。りんごの木に吹き込む新しい命
「りんごづくりは人づくり」――これは、明治時代に青森にりんごの栽培技術を広め、「青森りんごの始祖」と呼ばれる菊池楯衛(たてえ)の言葉。その訓えを守るように、今でも青森県では、生産者同士で惜しみなく栽培技術を公開し、次の世代へ継承しています。日本最大のりんご王国を築き上げたのは、よりよいものを作りたいという人々のひたむきな思い。同じように、木村さんたちの手によってりんごの木は、新たな実りを結ぼうとしています。

自分たちらしいものづくりを。木工屋4代目の新たな取り組み

父・木村敏夫さんが「木村木品製作所」を創業した当時(写真:木村木品製作所)

父・木村敏夫さんが「木村木品製作所」を創業した当時(写真:木村木品製作所)

代々「木工屋」の家系で育ったという木村さん。工場の手伝いや、親戚の誰かが作った木馬やおもちゃで遊んだことが、幼いころの記憶として残っています。木村さんもそのDNAを受け継いでいたのでしょう。卒業文集の将来の夢に「建築・インテリア関係」と書いた通り、大学では建築科に入学し空間デザインを学びました。とはいえ当時は家業を継ぐ気はなく、卒業後は上京。大企業のグループ会社に就職し、施工管理や営業の仕事を担当します。景気がよく、一流の材料を使ったハイレベルな仕事を見る機会に多く恵まれました。しかし、入社して数年が経つと、自分の仕事に疑問を抱くようになります。

「僕らみたいな製造元とお客さんの間を取る仕事じゃないですか。なんかこう、いつも地に足がついていない感覚だったんです。技術で食べているのではなく、会社の看板で仕事をとっているというか。普通の会社だったら経営が傾くような大きな問題が起きたときにも、上の人は責任を取らずに、退職金をもらって辞めていく。親会社に寄りかかっているような甘々な空気が充満していて、悶々と考えることが多くなってきたんです」
若手・ベテランの垣根を超え、職人同士の距離が近い。風通しのよい環境から思わぬアイデアが生まれることも

若手・ベテランの垣根を超え、職人同士の距離が近い。風通しのよい環境から思わぬアイデアが生まれることも

先代からの血がそうさせるのか――「自営したい」という気持ちが強くなっていたこともあり、30歳を機にUターン。数年後に木村さんが代表取締役に就任すると、新しい取り組みにもチャレンジするようになります。あるとき、県産木材をもっと活用するために、産業技術センターの研究員や県外の木工作家と木製玩具の勉強会を始めることに。縁あって、研究メンバーで東京おもちゃ美術館の内装を手掛けると、全国のさまざまな自治体から声が掛かり、キッズスペースや遊具を担当するようになったのです。

実は、木村木品製作所初のオリジナル製品はりんごの木を使ったものではなく、2005年に発売した木製玩具シリーズ「わらはんど」。どのおもちゃも、木村さんが幼いころの秘密基地づくりや河原での遊びなど、実体験がヒントになっているそう。木村さんの父が障子などの建具から家具や什器の製造にシフトしたように、時代の流れをいち早く読む力は父親譲りなのかもしれません。
もともと研究会のメンバーで始めたプロジェクト「わらはんど」。使う子供たちのことを第一に考えてきた取り組みが実を結んだ

もともと研究会のメンバーで始めたプロジェクト「わらはんど」。使う子供たちのことを第一に考えてきた取り組みが実を結んだ

店舗什器や特注家具製造の技術を活かし、子供向けの大型の遊具や空間も手掛ける(写真:木村木品製作所)

店舗什器や特注家具製造の技術を活かし、子供向けの大型の遊具や空間も手掛ける(写真:木村木品製作所)

定番人気「りんごっこセット」のディッシュ。離乳食用の食器で、スプーンとセットで販売している。ころんとしたフォルムで、ママの手にフィットするよう、ひとつひとつ手作業で形を整えている

定番人気「りんごっこセット」のディッシュ。離乳食用の食器で、スプーンとセットで販売している。ころんとしたフォルムで、ママの手にフィットするよう、ひとつひとつ手作業で形を整えている

「父は、職人気質というよりもイタリア人のような性格。人生の楽しみ方をよく知っているから、趣味が多くて毎日忙しいみたいですよ(笑)。一度実家を離れたこともあるからなおさら、父の自分らしい仕事のやり方を受け継いでこういう形になっているんじゃないかな。資金繰りとか、経営面での苦労は絶えないです。でも、会社員のときと違ってしっかり『自分の存在』がある。仕事の甲斐みたいなものがあるのは確かでしょうね」

今後も「自分たちらしいこと」を形にしていきたいと話す木村さん。今関心を寄せているのは、医療の現場でも使えるような木製品。実現が難しい部分も多くありますが、ぬくもりある木製品を病院のそこかしこで目にすることができたら、どんなにすてきなことでしょう。さまざまなプロジェクトを縦横無尽に行き来し、前例がないことに挑戦できるのは、木村さん自身の心が動くことを信じているからなのです。

これからも、津軽の地とともに

剪定されたさくらの木

剪定されたさくらの木

木村木品製作所では、県産のさくらの木を使ったアイテムも制作しています。名所として知られ、毎年多くの観光客が集まる弘前さくらまつり。その一方で、毎年出る剪定木は産業廃棄物として処分されていました。桜の木自体は昔から家具などに使われてきましたが、剪定木は本来は使用しない細い枝。それでも、木村さんたちは、大切な地域資源に新たな命を吹き込みます。
(写真:木村木品製作所)

(写真:木村木品製作所)

「Ringoスツール」座面の削り出し

「Ringoスツール」座面の削り出し

これまでも、りんご産業と共に成長してきたという木村木品製作所。木村さんの曾祖父が開発した「りんご梯子」は、足になじみ疲れにくいと農家に重宝されてきました。県産のひばを使い、建具の製作技術を活かした構造になっています。代々恩恵を受けてきたりんごの木に感謝して、これからも「記憶に残るものづくり」を続けること。そして、世界に青森のりんご文化を届けることが、木村さんの目標です。
vol.106 木村木品製作所・木村崇之さん -青森から世界へ。りんごの木に吹き込む新しい命
厳しい冬を乗り越え、春の桜が芽吹くころ、津軽には花や草木の豊かな色が満ち溢れます。りんご園に、神々しい岩木山……この地に立つと、そこかしこに溢れる美しい風景に手を合わせたくなるのです。

古くから人々がそうしてきたように、生まれ育った地に敬いの気持ちを持ち、足ることを知る。私たちが忘れかけている自然と人間のすこやかな営み。木村木品製作所のものづくりには、そんな心が宿っています。

(取材・文=長谷川詩織)
木村木品製作所|きむらもくひんせいさくしょ木村木品製作所|きむらもくひんせいさくしょ

木村木品製作所|きむらもくひんせいさくしょ

青森県弘前市で4代続く“木工屋”。信念としているのは「フルオーダーのモノづくりを通して人々の生活に夢と潤いを提供し、物心両面の幸せを追求する」こと。20年前、4代目である木村崇之さんが廃材となるりんごの木を譲り受けたことから、木製品の開発を始める。高い加工技術を活かしたシンプルで美しい木工製品で、国内外から注目を集めている。2020年1月には、インテリアのパリコレと呼ばれる見本市「メゾン・エ・オブジェ」に青森県選抜チームで出展する。
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