
「neulo(ネウロ)」は2014年に設立されたウォールハンギングのブランド。柔らかな色あいのたっぷりとしたタペストリーは、デザイナーである熊谷美沙子さんの手でひとつひとつ丁寧に編まれています。世界中から集めたという毛糸の豊かな表情が、その場の空気を暖かく塗り替えてくれるよう。

インテリアへのこだわりは大人顔負け!?



愛犬・小梅ちゃんは熊谷さんの膝の上が定位置です
「私は接客が苦手で、売り上げが全然取れなくていつも怒られていました。販売が得意な人は、『似合うと思わせる力』を持っていて。私は『気に入らなければ無理に買わなくても……』と思ってしまうほうなので(笑)、販売員には向いていなかったですね」

華やかな色は敬遠していたものの、旦那様の影響で最近は「素敵だなと思うようになった」と熊谷さん。ヴィヴィッドカラーを作品に取り入れることも考えているそう。写真右はもう一匹の愛犬・エルモくん
「人って、曜日や天候によって買うものが違うんですよ。それを意識しながらお店の内装を変えると、売り上げが伸びるっていうのが楽しくて。もともと子供のころから、間取りを見て何を配置するか想像するのが好きだったんです。新聞に入っている建築の広告を集めたり、実家が新築を建てるときには、両親と一緒に不動産屋に行って、自分の部屋の色を意見していましたね(笑)」

リハビリから始まったものづくり


当時のことを穏やかなトーンで振り返る熊谷さん。決して辛さを口にすることはありませんでしたが、胸が潰れそうな思いであったことは明らかです。勤めていた会社は休職する予定でしたが、リハビリに半年以上かかるということもあり退職。当時お付き合いしていた旦那様との結婚を期に、葉山へ移住することとなりました。知人もおらず、慣れない土地での新生活。突然、暗闇に放り出されたような日々を送るなか、熊谷さんを導いてくれたのは「変わらない自分」で在ることでした。

幼いころから生活の一部になっていた編み物。無心になれるそのひとときは、手だけでなく心のリハビリにもなっていたのでしょうか。ある日、旦那様が家に飾っていたヴィンテージの大きなタペストリーが目に留まります。「これは編み物でもないし、どうやって作っているんだろう?」。インターネットで作り方などを検索するうちに、熊谷さんの胸に芽生えた好奇心は、みるみる大きくなっていきました。

「neulo」を始めるきっかけとなったヴィンテージタペストリーからインスピレーションを受け、熊谷さんが編んだ作品。色や材料を変えて独自の雰囲気に仕立てあげています(写真提供:neulo)
「最初は何もわからなかったですね。織り機の説明書も英語で読めないので見様見真似で。何がスタンダードっていうのもないから、自分のやり方が正解なのかもわからないし。始めて4年が経っても、いまだに『あっ、そうか』っていう発見があります(笑)」

図を参考にしているヴィンテージの刺繍の本
大切なのは誰かを思ってつくること

自宅の敷地内にある熊谷さんのアトリエ。窓いっぱいに柔らかな光が差し込みます

縦糸と横糸を織ってつくられるタペストリー。耐久性を出すため、ひとつひとつ糸を結んでいきます

時には100本以上の糸を結ぶことも。長時間にわたり糸を触っていると、乾燥して手が荒れてしまうためハンドクリームが欠かせません。タペストリーの要となる流木は、四国に住む旦那様のサーフィンの師匠が、定期的に送ってくれるもの。葉山の海に流れ着く流木は黒く、四国のものは白い木が多いのだとか。作品の雰囲気に合わせて使い分けています
「自分はなんで北欧が好きなんだろう、って考えていたんですけど……。天気が、暗いんですよね。蛍光灯とかも絶対に使わず、必要なところだけにライトを置く習慣があって。光を大切にして生きている現地の人たちが見ている、独特の色に惹かれるんでしょうね」

熊谷さんが好きなフィンランドの女性画家「ヘレン・シャルフベック」

アメリカやイギリスなど、旅先などで集めた毛糸がずらり。アトリエ内には100年前のヴィンテージ糸も。変色していたり、ほつれているものなど、手作業ならではの表情を感じる糸がお気に入り

ずっと気に入って購入していたペルー産の毛糸。現在は入手困難になってしまったのだそう
「デザインを描いてから作ると、自分ではしっくりこないというか、いつもと雰囲気が違ってしまうんです。素敵なお洋服を着ている人や、印象的な人に会うと忘れられなくなって、そこからインスピレーションを得ることが多いです。展示でオーダーを受けるときは、同じデザインを何個も作るのですが、機械的にならないように意識しています。直接お会いできないので、メールでのやり取りにはなりますが、その人の雰囲気や好きなものを思い浮かべながら作ることは、大切にしていますね。これは、接客をしていたからかもしれないですね(笑)」

こちらは青山の結婚式場に飾られている大作。グレーと白のグラデーションで、新郎新婦の二人が交わっていくようなイメージで制作したのだそう(写真提供:neulo)

「BIOTOP」のポップアップショップで制作したもの。世界各国の羊毛を10種ほど使用(写真提供:neulo)

ボストンの珍しい毛糸を入手したときに制作。絵画をイメージしながら1種類の毛糸で編まれています(写真提供:neulo)
強くやさしい「neulo」の手仕事

取材中、「自分のことを話すのはあまり得意ではない」と、丁寧に言葉を選びながら話してくれた熊谷さん。しかし、「neulo」のことを話すときの表情はぱっと輝き、堂々としたものでした。しばらくの目標は、自分で紡いだ糸を使ってタペストリーを編むこと。昨年は、手紡ぎの勉強でメキシコの織物職人のもとを訪れたのだとか。今後はニットだけでなく、リネンやコットンなど夏の素材を使った作品も構想中。まだまだ、熊谷さんの好奇心は尽きません。


誰かを思ってつくること。どんなときも、在りのままの自分でいること。ぎゅっと結ばれた糸たちが、手仕事の「強さ」を教えてくれました。
(取材・文=長谷川詩織)
neuloデザイナー・熊谷美沙子さん