松本の人気セレクトショップ・ラボラトリオとは?



カフェは高い天井や漆喰を塗った壁に囲まれた、落ち着ける空間。屋号である「ラボラトリオ」は、かつてこのスペースが実験室だったことに由来。飴色に育った床など、随所に改装前の面影を残している

イングリッシュマフィンをはじめとした軽食、ハンドドリップコーヒー、紅茶、信州のハーブティなどが楽しめる。パンやスイーツはすべて店内のオーブンで焼き上げる自家製のもの。写真はクリスマスのスペシャルメニュー。滋味に富んだ食事に、思わず顔がほころぶ

ショップスペースにはアイテムがシンプル飾られていた。それぞれの棚の前でついつい長居してしまう

隣のビルには、洋服やファッション小物を集めた「faber LABORATORIO(ファベル・ラボラトリオ)」も。触れると肌にやさしく、身に着けたくなるものが並ぶ
自分らしくいられる場所を求めて

オーナーの井藤昌志さん。取材時には、松本のおすすめのお店や食べ物をたくさん教えてくれた
「そのころ妻と付き合っていたので、今後を話し合う中で二人とも田舎に住みたいという思いがすごく強かったんです。でも仕事なんてないから、自分で何かするか公務員になるしかないなって考えて。東京にいるときに民藝や焼き物が好きになって、暇があればそういうお店によく通っていたから、陶芸を勉強してみるのもいいんじゃないかと思ったんです。当時好きだった作家さんのところに弟子入りできないかな?って、右も左もわからないからそれくらいしか思いつかなかった(笑)」
ラボラトリオから車で30分ほどのところにある、井藤さんのアトリエ

ボックスの側面となるサクラの経木を、熱湯で柔らかくする下準備

柔らかくなった経木を釘で固定し、空気穴の開いた型にはめ一晩かけてしっかり乾燥させる
「今考えると普通だと思うんですけど、まだ世間知らずな若い人間にとっては厳しく思えたんですよね。求めるクオリティはすごく高いし、最初は毎日怒られるばかりで自信喪失して(笑)。だけど、永田さんの丁寧な仕事を近くで見るうちに、『本当にいいところに入れたな』って思えた」

マシンも使用するが、すべての工程の途中に人の手が加わり、細かい調整を繰り返す

表面の仕上げには亜麻仁油を使用することが多い。蓋を開けるときの木の香りや経年変化など、オーバルボックスには使い込む楽しみがある
継ぎ目のあしらいは「スワロウテイル」と呼ばれる。単なるデザインではなく、強度や使い勝手を突き詰めていくことで必然的に生まれるもの
「シェーカーたちが作っていたものに何も足さず、忠実に作っているだけなんです。オーバルボックスは飾り物ではなくもっと実用的なもの。そこに意思や個性を主張するのは間違いだと思って、サインも入れていません。ただ、長く使えるようにきちんと作りたいし、可能な限り最高の材質を使うことを大切にしています。サイズをとにかく豊富に揃えていることが、唯一の特徴かもしれません」


底面のサイズ表記に使用される刻印
「クラフトフェアに出展するたびに反響が大きく、松本にはポジティブな印象があって、皆さんがおっしゃるように気候や町も魅力的。仕事面でも利点がありました。岐阜は湿気が多く、反対に松本は空気が乾燥しているので木工に適しているんです。さらに東京も近いので、展示での荷物の持ち運びや移動が楽。当時松本に住んでいた伊藤まさこさんの後押しもあり、決意しました。せっかくなら、自分で作ったものを販売しながら、妻がカフェを開けるような物件がいいと、ぼんやり考えていたんです」

玄関には、薬局だったころの写真が飾られている。当時でも飛びぬけてモダンな建物だったに違いない
「食のクラフト」をテーマにした新しい店づくり

2018年4月にオープンした「MARKT(マルクト)」。2階には姉妹店「MARKT+(マルクト・プルス)」があり、ファベルとはまた違う切り口で洋服や雑貨を扱っている

井藤さんが仕事でドイツを訪れた際、町の「デリカデッセン」にヒントをもらったことから、店名はドイツ語で“MARKT”と名付けた。日本ではデパ地下や惣菜を思い浮かべるが、ドイツでは「デリカデッセン=おいしいもの屋さん」という意味合いがある。生鮮食品以外の食料品やお酒を気軽に買えるような店づくりに共感したのだそう

見た目はシンプルながら、機能を知ると「こんなにいいものがあったの?」と驚くような便利な調理器具ばかり
「どんな人も同じだと思うんですけど、許されるならば美味しくて、できるだけ変なものが入っていないものを食べたいじゃないですか。食べることは生きることとつながっているから。でもそういう商品は、今の日本ではあちこち探してこないと見つからない。人から聞いたもの、いただいたもの、旅先で出合ったもの……10年前から意識的に集め始めていたものを、マルクトに大集合させました」

各メーカーの個性がにじむパッケージは、見ているだけでも楽しめる
「僕みたいなグルメでもないふつうの人が、量産の美味しくないものより、ちょっとだけお金を出せば、安全で美味しいものが日常的に手に入る店にしたかった。でも、そういう商品って、付加価値をつけるためにデザイナーに依頼してパッケージにお金をかけて、もっと価格を高くしていることが多い。そうなると日常使いすることは無理ですよね。安心安全なものこそ、日常的に買いやすくなければならないのに、逆だと思うんです。だから僕たちは、かっこいいパッケージのものはあえて選びません。保護犬も、見た目がいいやつは貰い手が多いけど、不細工だったり十人並みでも、とことん中身がいいやつはいる。それこそが、僕たちが探し求めるものです」


価値あるものとの出合いは、自分の感性を育ててくれる

「お店ばかり作っていて、家を建てる経験をしたことがないんですよ(笑)。20代のときは在来工法の木造の家と決めていましたけど、今はもう少しがらんとした、小屋みたいなイメージ。家なのかどうかすらわからない、そんな感じでいいんです」


今日もここで、たくさんの出合いがあなたを待っています。
(取材・文/長谷川詩織)
「マルクト」がキナリノモールにオープン!

1階の「the BOX SHOP」ではカスタムオーダーもできる。「オーバルボックス」は、おもに19世紀に活動したキリスト教の一派、シェーカー教徒が制作していた「シェーカーボックス」を忠実に再現したもの。「美は有用性に宿る」という考えのもと作られた家具や道具の機能美に、ふたたび注目が集まっている