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vol.80 黒川登紀子さん
- 光と色がやわらかに溶け合う、美しきガラスたち

光に溶け合うブルーにピンク、淡いグリーン……黒川登紀子さんの手から生み出される美しいガラスたちは、夏の暑い日に涼をくれるのはもちろん、冬のキリリと冷えた空気にもやわらかく馴染みます。香川県高松市で工房を構え、日々ガラスと向き合い、色と遊ぶ黒川さん。ガラスの神様に見初められた黒川さんの”今”へつながる歩みを伺いました。(2018年03月16日作成)

写真:川原崎宣喜  文:キナリノ編集部

光と色が溶け合う、やさしい表情のガラスたち

vol.80 黒川登紀子さん
- 光と色がやわらかに溶け合う、美しきガラスたち

目にしたら最後、その美しさにハッと釘付けになってしまう。
光に透けた鮮やかなピンク、くすみがかったブルーグレー。そしてミルキーな淡いグリーン――それぞれに豊かな表情をみせるガラスたち。

香川県高松市に工房を構えるガラス作家・黒川登紀子さん。その手から生み出される作品たちは、ガラスというシャープな素材にやさしい印象が同居しています。インテリアとして飾りたいほどの美しさに反し、いざ食卓においてみると、すんなりふだんの暮らしに馴染んでくれる。その様子は、憧れの人と少しずつ仲良くなっていくようなうれしさにも似ていて、なんとも愛おしい。

そして、ガラスといえば夏のイメージだけれど、たとえば春の陽気にも、冬のキリッと澄み切った空気にも、溶け込むように似合うのです。
その不思議な魅力に首をかしげながら、1番の特徴である「色」に秘密がありそう、と冬のある日、黒川さんのアトリエに足を運びました。
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「雨なのに歩いていらっしゃったの!?お迎えにいったのに!」

降りしきる雨のなか最寄駅から歩くこと10分ほど。黒川さんのガラス工房glass bee studio(ガラスビースタジオ)に着くなり、黒川さんの心遣いとふくよかな笑い声で、冷えた身体と気持ちが一気にホッと和らぎます。

母親業をこなしながらガラス作家として活躍されている黒川さん。実際お会いした黒川さんのそのやわらかな雰囲気は、いわゆる「作家さん」というよりも、失礼ながら「やさしいお母さん」が板についているように見えました。それもそのはず、ガラス作家を12年間休業し子育てに専念していた時期があったと伺い、その穏やかな空気感に納得です。

早速、黒川さんに案内され工房の2階にとおされると、そこにはコップやお皿、ピッチャー……所狭しと並ぶガラス作品がズラリ。その美しさに思わずため息が漏れます。ガラスたちは、しっとりと冷たい雨の日の空気に溶け込むように、やわらかな表情を魅せていました。
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今日はどの色にする? 洋服を選ぶようにその日の気分で。

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「朝起きて、その日の気分でお洋服を選ぶじゃないですか。昨日はこっちがよかったけど、今日はこっち、みたいな。その日制作する作品の色も、そんな感じで選ぶんです」
毎日作るものをどう決めるのか伺うと、そう答えて「ふふふ」と楽しそうに笑う黒川さん。
「乳白色の”ホウロウシリーズ”という器の制作で、縁に色をつける作業があるんですが、『こんな色を差し色にしたら似合いそう!』と組合せを考えるのもワクワクします」

お天気も気分も毎日変わるもの。パキッと元気な色を着たい気分の日もあれば、パステルトーンのスカートをふんわり履きたい気分の日もある。そんな風に「今日の気分」に合わせ、お洋服を選ぶように色を選ぶ――朝の楽しい光景が目に浮かび、聞いているこちらまで心が踊ります。
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ガラスに魅了されたのは
新しい色との出合いから
黒川さんと「色」との付き合いは、美術短期大学で油絵を専攻していたころにまで遡ります。油絵の具の色を塗り重ねては絵に奥行きを出していく……今とは違う分野で色を生み出していました。

ガラスとはまったく違う道を歩んでいた黒川さんが、のちに「今思えば、あれがガラスに魅了された最初だったかも」というのが、窓越しの光に透けるマリンブルーのオブジェをみた瞬間。美大の芸術祭、学生たちが制作した絵画や作品が並ぶなかで見たそれは、光と色が混ざり合いながらどこまでも透けるブルーが美しく、思わず夢中でカメラのシャッターを切りました。

「『あー、きれいやなあ』って。それはアクリル樹脂かなにかで作られた器だったと思うんですけど、そのとき、ふだん見慣れているキャンバスにのせられた色とは対極の色をみて。色をとおして向こう側が透けてみえる……自分のなかで新しい色の魅力を知ったんでしょうね。印象に残っています」
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ガラスの神様に手招きされて

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短大卒業後、地元香川県で中学校の美術講師として働いていた黒川さんでしたが、ある日、何気なく入ったお店でガラスの道へ歩みだすきっかけともいえる出会いが訪れます。

「たまたま入った高松市のお店で、既製のグラスに絵柄を加工したものに惹きつけられて。どうやって作られているのか尋ねると、店のオーナーが自身で制作したものをそこで販売していたようで、いろいろと教えてくれたんです。すると『今ちょうど人を探してるから、うちの工房に来ん?』と意外な展開に」

その工房では主に、ガラスに細かい砂を噴射することでガラス表面の色をはがし、グラデーションをつけたり図柄をほどこしたりするサンドブラスト*という技法で加工を行っていました。既製品に手を加えるため、ガラスの専門知識がなくてもガラスに関わることができ、そして何より持ち前の絵心を発揮できる。まさに当時の黒川さんにはうってつけの仕事です。

「ただ、ちょっと作業場が、その……独特のニオイなんですよ(笑)元々なにかの倉庫だったらしくその名残で。毎日、納屋のような薄暗いところで仕事していたんですけど、そのなかで唯一、色のあるものがガラスだったんです。洗ったり干したり、キラキラと美しく光るガラスに長時間触れて作業するなかで『ガラス製品て、どうやって作るんだろう?』と。どんどんガラスそのものへの興味が掻き立てられていって。それが、次のステップにつながったように思います」
*サンドブラスト加工──マスキングをして素材のうえから砂や研磨剤を吹きつけることで、絵柄をつける加工方法
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とはいえ、今のようにネット環境があるわけでもなく、ましてガラスを学べるところも多くはありませんでした。
「ガラスって、どうやって作るんだろう?」
「どこへ行けばガラスが学べるんだろう?」

情報ひとつ得るのにも苦労した時代。なんの手がかりもなく途方にくれていると、偶然手に取った情報誌で見つけたのが、徳島県が運営するガラス工房「徳島ガラススタジオ」のワークショップ。そこで吹きガラスの体験ができると知り「これだ!」と飛びつきます。

「電話予約をするんですけど、それがいつも争奪戦!当時その工房には、今や幻の黒電話しかなくて……予約開始時間の朝10時少し前から番号を回し始めるんですけど。ジーコ、ジーコって(笑)。なにしろ黒電話なので、番号がまわり終わる瞬間にちょうど10時になるようにしないといけなくて苦労しました」

当時はまだ珍しかった吹きガラス体験は大人気。電話予約での奮闘の末、ようやく念願のワークショップに参加できた黒川さんは、そこで働くスタッフの母校が神奈川県川崎市にあると知り、次のステップへの手がかりを掴みます。そうして足掛け2年お世話になった工房を卒業し、専門学校でガラス制作の技術を学ぶことに。
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ベストな節目で起こる
ガラスとの巡り合わせ
ガラス作家として活躍する現在へいたるまで、着々と歩みを進める黒川さん。「思い返してみると不思議ですけど、きっちり2年ごとに転機となるような出来事があるんですよねぇ」。
偶然やってくる出来事は、まるで黒川さんの想いを知っているかのように、まっすぐガラスに向かう道へと黒川さんをおし進めていきます。

卒業間近のある日、ここでも不思議な出来事が。

校内の工房での休憩中、たまたま先生の隣に座っていた黒川さん。そのタイミングで先生にかかってきた電話が、またしても黒川さんの転機となります。
なにをするでもなくぼんやりしていると、すぐ横から『……ああ、あの”丸亀”のガラス工房ね』と話す声が。突然聞こえてきたのは、故郷である香川県の地名。丸亀は、高松市に次ぐ第二の都市であり、黒川さんにとって馴染みのある場所でした。耳を疑い、驚きの余り思わず先生を二度見してしまったといいます。

「それは、もう。二度見どころか三度見するくらい驚いて!聞き間違いかな、と思ったけど、先生の口からやっぱり『丸亀』の地名がでてくる。電話を終えた先生にすかさず『今の話なんですか?』って聞いたら、なんと香川県丸亀市が新しくガラス工房を作るという話だったんです」
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よくよく話を聞くと、香川県丸亀市のゴミ焼却施設内に併設される予定の「エコ丸工房」が職員を募集しているとのこと。先生に進められるまま応募してみると、見事合格。まだガラス工房の数自体が少ない時代だというのに、奇跡的に地元・香川での勤務となったのです。

偶然とはいえ、あまりのタイミングのよさ。もしやガラスの神様に呼ばれていたのでは、と思えてきます。まるで、いつもベストなときを見計らい、そっと手招きしてくれているかのよう。
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そうして、就職のため香川に戻ってきた黒川さんを待っていたのは、以前からお付き合いしていた現在のご主人との結婚話。一見ガラスとは無関係にみえる人生の節目でもまた、ガラスの神様の手招きがありました。

「結納の席かなにかで父が突然、『うちの娘に工房を作りませんか』って。なにをいい出すの!?って驚いていたら、義父のほうも『いいですね!』と同意してくれて。父は資金を折半するつもりで話を持ちかけたようですが、結局、嫁ぎ先の義父のほうで全て負担し工房を作ってくれることになったんです。エコ丸工房に勤めていた2年の間に同時進行でその話が進み、ついに夢のまた夢だと思っていた自分の工房ができました」

12年の休業から、ふたたびガラスの世界へ

工房ができたのはよいけれど気になるのはランニングコスト。ガラス工房は、窯の温度を保つため年中火を燃やし続けなければならず、月の電気代は10万を超えることも。そのことが当時の黒川さんの肩に重くのしかかりました。

「そのころは今のような作風でもなく2年ほど細々とやっていたんですが、育児がスタートして窯の維持費のことを考えると両立は厳しいと判断して工房はお休みすることに。子育てに専念していましたが、子どもが成長していくにつれ、制作したい気持ち、ガラスへの気持ちもともに大きくなっていって……。ただ、再開という2文字が頭のなかにありつつもコストの面でなかなか決意がつかず、結局12年、工房は閉じたままだったんです」
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ところが、うれしいことに12年の間にガラス業界は進化し、従来のものより100度ほど低い温度で溶融できるガラスができていたことを知ります。窯の温度をランニングコストの負担が軽減したことが、ガラス工房再開への後押しとなりました。
「それだけでなく色のバリエーションもすごく増えていて、心が浮かれました」と声を弾ませます。「発色がとにかくよいニュージーランドのメーカーの色棒*を取り寄せているのですが、最初試しに焼いてみたとき、出る色出る色がすごくよくて!興奮しましたね」

ガラスの透け感と色と、組み合わせと。その喜びの芯となるのは何か尋ねると、「私も考えていたんですけど、最近『ガラスに色をうつしたいんだな』って気がついたんです」という黒川さん。「うつすって、日という字に中央の央、それで”映す”。『ガラスに色を映す』って、その感覚が私のなかではまさにドンピシャの表現なんです」

夏のするどい光、春の穏やかな空気、その日の気分……黒川さんが感じたその日その時々の光と色をガラスに映していく……それが黒川さんにしかないガラスの色の秘密のように思えました。
*色棒(ロッド)──金属などの鉱物を、ガラス原料に溶かし込み発色させ棒状にしたもの。必要な分だけカットして溶かし、無色のガラスに色をつけるために使用する。色の調合メーカーではそれぞれ独自の配合をした多種の色ガラスを販売。ガラスに色をつける原料はほかに、粗く砕いたものや粒状にしたもの、板ガラスなど、さまざまな形状のものがある。
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迷うことなくまっすぐ”今”へつながっていた道

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今では毎日のように工房にこもり、制作に励む黒川さん。
窯のある工房の1階で、制作の様子を見せて頂くと、それまで気さくな雰囲気で話していた黒川さんとは雰囲気が一転。別人のようにキリッとした表情でもくもくと作業を進める姿に、話かけるのも躊躇する厳しさすら感じます。

その姿に、黒川さんの内側で静かに燃え続けてきたガラスへの情熱を感じました。
赤黒く熱をもったガラスが、黒川さんの手のなかでみるみるうちに形を変えていきます

赤黒く熱をもったガラスが、黒川さんの手のなかでみるみるうちに形を変えていきます

息を吹き込んだガラスの先端をカットし、吹き竿を回しながらそこにジャックとよばれる道具を入れ、コップの形を形成していきます。「この作業がなかなか難しくて苦手なんです」と黒川さん

息を吹き込んだガラスの先端をカットし、吹き竿を回しながらそこにジャックとよばれる道具を入れ、コップの形を形成していきます。「この作業がなかなか難しくて苦手なんです」と黒川さん

コップの形からくるくると吹き竿を回していくと、遠心力で開きお皿の形へ

コップの形からくるくると吹き竿を回していくと、遠心力で開きお皿の形へ

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- 光と色がやわらかに溶け合う、美しきガラスたち

ふと後ろを振り返ると、まっすぐに進んできた今のガラス作家へつながる道がみえます。
思ってもないところでつながった縁やタイミング。いくつかの偶然の巡り合わせは、すべて”今”へつながる道しるべ。

遠回りすることなく、迷いもせず、まっすぐここまで来れたのは、ガラスの神様に見初められたからでしょうか。だとすれば、黒川さんのガラスへの一途さが伝わったのかもしれません。
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やわらかな光を含み薄く透けるブルー、新緑のようなグリーン、ハッとするほど鮮やかなピンクも。白い画用紙のうえに色をのせていくように、白いテーブルクロスを敷いたテーブルのうえで、並べたり重ねたり。楽しい色がリズムカルに踊ります。

「できあがった色とりどりの器たちを、あーでもないこーでもないと白いテーブルクロスに並べているときが一番楽しいんです」
そうして楽しげに光と色で遊ぶ黒川さんを、きっと、ガラスの神様は目を細めて眺めているのでしょう。
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取材後、「あー、私お腹空いちゃって。美味しいうどん屋さんに行きましょ!」と黒川さんに連れられ讃岐うどんを食べに。甲斐甲斐しく私たちのために生姜をすりおろし、つるつるとうどんをすすりながら息子さんの話をする黒川さんは、いつのまにかもう「母の顔」に戻っていました。


シャープなガラスという素材にどこかやわらかさが宿る秘密は、12年の”お母さん”のエッセンスが入っているからかも。黒川さんのやさしい横顔をみて、ふとそんな想いがよぎりました。

(取材・文/西岡真実)
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黒川 登紀子|くろかわ ときこ

香川県高松市のガラス工房(glass bee studio)にて、吹きガラスで皿やコップなどを制作するガラス作家。子育てのため12年作家としての活動を休止したのち、2013年に復帰。手がける作品は、ガラスとは思えない独特な色が特徴。こっくりとしたミルキーな色や淡く透ける色など黒川さんの感性で色付けされたガラスは、食卓の上で多様な表情をみせ、様々な季節の空気にそっと溶け込むように馴染みます。
公式Instagram

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