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Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器

「泥」で描く模様や絵柄を得意とする陶芸作家の久保田健司さん。「イッチン」というその技法によって作り出される器たちは、繊細で丁寧な仕事によってかたちづくられています。そうして生み出されるのは、日々のお菓子の時間など、ちょっと特別でゆっくりと過ごしたいときに華を添えてくれる、心ほどける優しい器。焼き物の町である栃木県・益子で作陶をおこなう久保田さんの工房にお邪魔し、器づくりの様子とご自身の作品について伺いました。(2016年06月03日作成)

写真:松木宏祐文:キナリノ編集部

泥(どろ)で描かれる、愛らしいパターン

五月某日の取材日。「今日は暑いですから。よかったらどうぞ」と、陶芸作家の久保田健司さんが出してくれたお茶菓子は、久保田さん自作の、泥で描かれているという美しい模様の器に乗っていました。少し茶色がかったクリーム色の器には唐草模様が描かれていて、イチゴの間から美しい模様が見え隠れしています。
Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器
つい触りたくなるツルツルとした凸凹は、“イッチン”という技法によって「泥」で描かれたもの。見入ってしまう愛らしいパターンが描かれた器の様子に、取材スタッフは早速ノックアウト。イチゴの甘さやみずみずしさとあいまって、目も身体も喜びます。
(画像提供:久保田健司)

(画像提供:久保田健司)

“ゆっくりと過ごす時間”に似合う器
甘いお菓子が映える久保田さんの器は、ゆっくりと過ごす時間によく似合います。日常の中にあるちょっと特別な時間を一層豊かなものにしてくれる器は、どんな人によって、どんな風につくられているのでしょうか。つくり手である久保田さんにお話を伺いました。
ピッチャーは、フラワーベースにも。久保田さんの工房兼ご自宅のお庭からのぞむ植物は、すっかり初夏の茂りです

ピッチャーは、フラワーベースにも。久保田さんの工房兼ご自宅のお庭からのぞむ植物は、すっかり初夏の茂りです

Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器

益子という焼き物の町で

久保田さんの工房兼ご自宅があるのは、栃木県・益子町。益子は全国有数の焼き物の町で、至るところに製陶所や器屋が並び、年2回おこなわれる益子陶器市も毎年多くの人でにぎわいます。多くの陶芸家が住む益子は、つくり手同士も自然と刺激し合えるまさに“焼き物の町”。久保田さんの工房と隣並ぶ家々の敷地にも、器を作るための作業場らしき建物が見え、どちらが久保田さんの工房なのかと迷ってしまったほどです。
3年ほど前に移って来たという工房を案内してくれる久保田さん

3年ほど前に移って来たという工房を案内してくれる久保田さん

右手の少し高くなっている場所が、昔は轆轤(ろくろ)をひいていた場所。今は、土や泥の原料などが並びます

右手の少し高くなっている場所が、昔は轆轤(ろくろ)をひいていた場所。今は、土や泥の原料などが並びます

「窯は自分の窯を置いていますけど、この家も、僕の前にも陶工さんが住んでいました」

そう言って久保田さんが案内してくれたご自身の工房は、少し声の響く、ひんやりとした6畳ほどの作業場。ガラガラと音を立てる白い引き戸を隔てて、昔はおそらく陶工が3人ほど轆轤(ろくろ)をひいていたという大きさの部屋があります。「僕は物置みたいにして使っています」とおっしゃるそのスペースには、器作りのための袋入りの土や道具、乾燥中の器がところ狭しと並んでいます。
Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器
「益子の土が手に入りやすいのも、産地の良いところ」と久保田さん

「益子の土が手に入りやすいのも、産地の良いところ」と久保田さん

細かく描く、”イッチン”という技法

久保田さんの器は、「イッチン」という技法による、スポイトで描かれた泥の模様が特徴のひとつです。

「白く焼きあがる泥の原料があるんですけど、それを混ぜて、泥状にして、かけています。泥で模様を描く技法はいろいろあるんですが、僕はイッチンの技法が多いですね。細かく模様を描けるんです」
イッチン用の道具であるスポイト。「手で持つ部分の押し具合で強弱をつけて模様を描きます。例えば唐草模様は、最初をちょっと強めに出してスッスッて伸ばしたり、細く描いたり。押し加減で描けるところが好きです」と久保田さん

イッチン用の道具であるスポイト。「手で持つ部分の押し具合で強弱をつけて模様を描きます。例えば唐草模様は、最初をちょっと強めに出してスッスッて伸ばしたり、細く描いたり。押し加減で描けるところが好きです」と久保田さん

息を止めて、一枚一枚模様を描く
言葉での説明よりも生むが易しと、実際に模様を描くところを見せていただきました。

スポイトに泥を入れ、注射針のように少し捨て、模様を描き、またスポイトに泥を入れ、描く、という作業を繰り返します。描いている間は息をとめてスポイトを走らせる久保田さん。工房の外の風や鳥の音だけが聞こえる静かな空間で、時々思い出したように「んっ」と息を吐き出します。
ある程度乾かして成型した土に、スポイトで模様を描いていきます

ある程度乾かして成型した土に、スポイトで模様を描いていきます

「はい、こんな感じですね」
と、一枚のお皿の模様を描き終えてくれたとき、それまでピンと張り詰めていた工房の中の空気が緩んだ気がして、こちらもホッと息を吐きだしました。一枚一枚、全部こんな感じで描くんですかとたずねると、「そうですね、息を止めちゃいます(笑)」と久保田さん。

「焼き物の工程を大きくわけると、土を成型して、細工をして、そのあと釉薬をかけて焼く、となるんですけども、僕の場合はこんなふうに細工の工程の部分が一番特徴です。泥の技法がすごく好きなんです。細かく、時間をかけてやることが性に合ってるんだと思います」
動物モチーフの細かい点も、スポイトを駆使して描きます(画像提供:久保田健司)

動物モチーフの細かい点も、スポイトを駆使して描きます(画像提供:久保田健司)

静かな夜中の作業で生まれる美しい模様
久保田さんは、普段は夜中に作業をすることが多いのだそう。「完全に夜型です」というお話通り、夜に作業をして、朝方に寝て昼に起き、午後からエンジンをかけ始め、夕飯を奥様と食べたあと、また作業に戻ります。
Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器
工房のまわりに街灯はなく、夜は真っ暗。まわりを木に囲まれた夜の工房は、昼にも増してしんと静かだといいます。

「本当に静かなので、音の出る作業、例えば土をこねたり叩いたりする作業は明るいうちにやっちゃうんです」

作業中は小音量でラジオをつけることが多いという久保田さん。夜中の静かな益子の町で、ポツンと明かりとラジオがついている小さな夜の工房の中、静かに、着実に、美しい器の模様は描かれてゆきます。
Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器
街灯などは見当たらない、工房周辺の景色。雨巻山(あままきさん)などの益子の山は背丈が低く、空の広い、自然豊かな風景が広がります

街灯などは見当たらない、工房周辺の景色。雨巻山(あままきさん)などの益子の山は背丈が低く、空の広い、自然豊かな風景が広がります

「職人になりたかったんです」

久保田さんが陶芸の道に入ったのは、益子の製陶所の「職人募集」の求人がきっかけでした。

「大学は埼玉で、哲学系の文学部で芸術論を学びました。だから、実際にものを作る勉強をしていたわけではなかったんですけど、将来どうしようかなと思ったときに、“工芸の技術を継ぐ作り手が足りない”という東京の江戸のうちわ職人の話をテレビか何かで見て、『ああ、そうなんだ』って思って。職人になりたいと思ったんです。そんな流れの中でたまたま製陶所の募集をみつけたんです」
タイムレスな色使いの釉薬(ゆうやく)が美しいティーポット

タイムレスな色使いの釉薬(ゆうやく)が美しいティーポット

工芸などのものづくりの現場には、その道を突き詰めて、技術を磨いている職人たちがいます。そして、“職人”は、ものづくりのプロ。繰り返しの作業の中でもくもくと形をつくり、同じ作業の中でも日々より良い方法を考え、ものを生み出していく。それはまさに、現在の久保田さんのものづくりの姿勢に重なる光景です。
Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器
全国にいる陶芸家も、最初から独立して食べていくのではなく、専門の学校で学んだり、個人に師事をしたり、あるいは久保田さんのように大きな製陶所で職人として何年か働いたのちに独立する、という流れが多いといいます。

「僕は職人になりたかったので独立する気もそんなになかったんです。でも、2011年の震災では益子も被害があって、僕がいた製陶所もなくなっちゃって。今は益子にも大きな製陶所はあまりないんです。それなら自分が勉強したことを活かして独立しようって思いました。で、強みはなんだろなって考えたら、イッチンが好きだし、得意だった。じゃあ、これで柄を描くのをやろうか、と」

「たまたま」みつけた職人募集から12年。自らの名前を背負ってものづくりをおこなう今も、久保田さんは製陶所の職人として培った技術と、ものづくりへの変わらぬ姿勢で器を作り続けています。

久保田さんだから作り出せる器

2011年の独立初期からその作風はほとんど変わらないという久保田さん。得意とされている“イッチン”は、スリップウェアと呼ばれる器をつくるための技法のひとつです。泥で模様をつけるスリップウェアは昔から各地で作られており、サッと描いたり、泥を流しかけたり、自然で大胆な流れを感じるプリミティブなイメージも。一方の久保田さんの器は、スリップウェアには分類されるものの、大胆さというよりは、“繊細さ”を感じます。
愛猫・おタンちゃんと一緒に

愛猫・おタンちゃんと一緒に

Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器
「僕はあんまり思い切りのいい性格じゃないんで、ビューッて泥をかけても、あんまりかっこよくならないんです。だったら、緻密に描いてやろう、と。それはやっぱり性格なのかなって思いますね。時間をかけてちまちま描くほうが性に合ってるというか(笑)。ビューッとか、ワアッとか、ササッてやってかっこいいものをつくるのは苦手なので、轆轤(ろくろ)で言えばぴっちり同じ形に綺麗に作るだとか、柄を緻密に描くだとか、そのほうが性格に合ってるんだと思います。実は独立前、ちょっと、あの、イッチンなら製陶所で自分が一番うまいと思ってたんです(笑)」
内側に泥のかかったカップ。次の日には外側にも泥をかけます

内側に泥のかかったカップ。次の日には外側にも泥をかけます

手間を惜しまない作業は、模様や絵柄を描く場面だけにとどまりません。

「例えばこのカップは、泥を二日に分けてかけてるんですよ。水分を粘土が一気に吸っちゃうんで、一度に全部かけると崩れちゃうんです。それを防ぐために、まず内側にかけて、次の日に外側をかける。これは作家さんによってそれぞれなんですけど、僕はこうやると失敗しないんです。まあその分ちょっと時間かかっちゃうんですけど」
「こういうのもつくります」と見せてくれたのは、また別のスポイトで泥をかけたスリップウェア。「道具によって、無理のないストロークというものがあるんです。その動きでできる柄を模索していきます」

「こういうのもつくります」と見せてくれたのは、また別のスポイトで泥をかけたスリップウェア。「道具によって、無理のないストロークというものがあるんです。その動きでできる柄を模索していきます」

それぞれの器は、こうしてしっかりと時間をかけて、着実に、器にとって一番いい方法でひとつひとつ作られていきます。柔らかく、甘い香りが漂ってきそうなお皿やティーポットの裏には、何度も繰り返されてきた久保田さんの技術と時間が存在していました。
久保田さんが窯を買った会社のカレンダー。窯入れの日や、窯出しのスケジュールがざっと書き込まれています。器のつくりとは違って、このあたりはざっくりしているところが面白いですね

久保田さんが窯を買った会社のカレンダー。窯入れの日や、窯出しのスケジュールがざっと書き込まれています。器のつくりとは違って、このあたりはざっくりしているところが面白いですね

腕を組んでみますか、というカメラマンの問いかけに、あんまりキャラじゃないかも……と笑う久保田さん。終始和やかな取材でした

腕を組んでみますか、というカメラマンの問いかけに、あんまりキャラじゃないかも……と笑う久保田さん。終始和やかな取材でした

Vol.39 陶芸作家・久保田健司さん-泥で描く美しい模様。繊細な仕事が生み出す、心ほどける優しい器
「泥」という言葉のイメージからは想像もつかない愛らしさの久保田さんの器。作り手の“ぬくもり”や“想い”といったものを重く感じさせないにも関わらず、「イッチンが好き」「泥の技法が好き」とおっしゃっていた久保田さんの「好き」が、泥で描く過程の中で手からそのまま流れ込み、焼き締められている気もします。

久保田さんが出してくださったお茶菓子は、パッと明るくシーンを彩ってくれる器に乗っていました。ちょっと特別でゆっくりと過ごしたいときに華を添えてくれる、心ほどける優しい器。細かく丁寧な作業に手を抜くことのない優しい仕事は、久保田さんだからこそ作れる器を可能にしていました。

(取材・文/澤谷映)
久保田健司(くぼた・けんじ)久保田健司(くぼた・けんじ)

久保田健司(くぼた・けんじ)

栃木県・益子町で製陶業を営む。1979年埼玉生まれ。繊細でかわいらしい柄が描かれたイッチン技法の器で支持を得ている。2004年に国立埼玉大学教養学部芸術論科を卒業。同年益子に移り住み、大熊敏明氏に師事。2006年より製陶所に勤務する。2011年益子にて独立。春と秋に開催される益子陶器市の他、展示会や出展では直接購入することが可能。

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