気取っていなくて、でもしっかりと美しくて、使い勝手がよく、持っているだけでうれしくなるかわいらしさで……。欲張りなのはわかっているけれど、バッグというのはそういうもの。
そんな期待をすべてつめ込むことができるとても素敵なニットのバッグが、湘南・葉山で作られています。

そう話すのは、ニットのバッグやアクセサリーのブランド「short finger(ショートフィンガー)」の渡部(わたなべ)まみさん。展開しているアイテムはすべて、渡部さんご自身がひとつひとつ手編みで作っています。

背筋の伸びた佇まいと、笑顔が素敵な渡部さん。明るい日の差し込むアトリエがとても似合う方です
ニットといえば冬、というイメージがあるなか、short fingerのニットアイテムは四季を問わずに使いたくなるものです。そんな太陽がよく似合うアイテムたちは、なるほど、うれしくなるほど自然光が降り注ぐアトリエで生み出されていました。

白を基調としたCORNER。春の太陽が気持ちよく差し込みます
Tシャツみたいに日常で使いたくなるニット

色や素材の違う糸を使ったデザインの「グラデーション・マザーズバッグ」(画像提供:short finger)
そう話す渡部さんのかたわらで、愛猫のリンちゃん(2歳)が、会話をするようにニャーと一声。

アトリエで気持ちよさそうにしている、3匹の猫兄弟「チャン・リン・シャン」のリン(2歳)。編み物をする渡部さんの膝の上が定位置なのだそう
ニットの扱いにくさが気にならないように

「バッグにものを入れた途端にダランとしちゃったらすぐに使いたくなくなっちゃうし、毛玉がつくのもめんどくさい、ってなっちゃいますよね。だから、できるだけ資材に近い糸というか。梱包資材とか、普通は編み物用ではない素材を一生懸命探しました。いろんな素材を混ぜたりしながら、ほぼ服飾用ではないもので作っていますね」

丈夫なタコ糸や、軽量化が可能なコットン、土に還るエコアンダリアなど、吟味された素材で編まれたグラデーション。革の持ち手がついていない限り、洗濯機で丸洗いできるのがうれしいですね
「ニットが大好きだけど、使いにくいところがあることもわかっている。性質も理解したうえで、デメリットをどうメリットに変えて使いやすくするのかと考えていますね」

「その人のためだけ」に作るオーダー制も

春夏用の素材は、肌触りが気持ちのいいドライタッチのコットンを使い、お洗濯もしやすいニット帽。秋冬はカシミヤやウールが人気です
「ニット帽は、サンプルのままがいいですっていう方はほとんどいないです」というように、色や編地を替えて好きなデザインや柄にする方が多いのだそう。新生児用のちいさなニット帽のほか、人によって違う頭の大きさにも対応し、浅く被りたい、深く被りたいといった細かいオーダーにも応えます。

最近は、親子お揃いで帽子をオーダーされる方も多いのだそう。たとえば親子3人分、色や形、デザインなどをどこかリンクさせながら、さりげないお揃いを楽しむ方が増えています。

ご近所さんはアトリエを訪れて採寸、遠方の方もメールでやり取りをするなどし、つくり手である渡部さんを近くに感じながらオーダーできることも、人気の理由のひとつ


出来上がるのは、コロンとした形がかわいらしいSANGOポーチ。こちらのカラーはCR(コーラル)です。機械編みに比べ、手で編まれるアイテムは空気をはらみ、ふっくらと仕上がります(画像提供:short finger)
レザージャケットではなく、ボーダーシャツを着るようになるまで

「朝から晩まで一生懸命仕事して、家には帰って寝るだけ、みたいな生活。週末もね、どこかに出かけたりして。今考えるとあのころは、家での生活を大事にするというのはあんまりなかったかもしれませんね」

現在、アトリエには渡部さんの暮らしの息遣いが垣間見れます。こちらも渡部さんお手製のマクラメ編み
全身黒づくめのファッションで、葉山を訪れた日
そんな都内での暮らしが続くなか、10年来の友人だった今の旦那さんを訪ね、ある日渡部さんは葉山を訪れます。「そのときの服装も全身真っ黒だったんです、私。ブーツ履いて、ピタッとしたブラックデニム履いて、レザーのジャケットを着ていました」
太陽の様子が違うのか、背景となる風景が違うのか、とにかくミスマッチだったと回想する渡部さん。
「『いやあー!合わなーい!』って思いましたね(笑)」

「こっちに来たら、それまでの服が着れなくなっちゃったんですね。ブーツで海へはどうしたって行けないし、ピタッとした服だと居心地が悪い。それまでもっていた黒い服が着れなくなって、引越してから2~3年は洋服迷子でした。何を着ていいかわからなかった」
歩くペースや服装とともに、作るものも変化していった
「選ぶ黒が違うんだと思います」とおっしゃることには、たとえば都内のビルの中に住んでいるときの黒は光沢のある黒で、葉山で選ぶ黒はリネンの黒などではないか、とのこと。最近はリネンの黒を着たいという渡部さん。素材としてどちらが上かではなく、空気や太陽、風景が違えば、光り方が違うということなのです。

「こっちに引っ越してきたら、家での生活というものがすごく自分の中の大半を占めるものになりました。そうすると、選ぶ服も変わりましたね。家事がやりやすいようにゆったりしていたり、でもちょっとそこまで行けるような上品さを持っていたり。そういう生活から派生していくファッションのほうに、気持ちが自然と向かった気がします」
こうして生活の変化とともに着るものが変わっていくことを実感する日々のなか、渡部さんはそれまでのものづくりの経験を活かし、short fingerを立ち上げます。そして、着るものが変わることと平行し、作るものも少しずつ変化していくという体験をすることになるのです。
「最初は都内に住んでる人とか、普通の洋服ブランドがターゲットにするような方に向けて作っていたので、ちょっととがったものが多かった。そういうのを2シーズンくらい作ったんですけど、自分自身がだんだんこっちの生活に慣れてきて、歩くペースが少しゆっくりになったりなんかして……それと同時に作るものもどんどんかわっていったんです」
こうして歩くペースがものづくりに影響しながら、short fingerというブランドがかたちづくられていきました。

「グラデーションシリーズも、黒とパープルではじまって。で、次は何色を作ろうって思ったときに、それまでだったら絶対カーキだったんですけど、急に『赤!』って思ったんですよね。赤なんてそれまで絶対作ったことなかったのに、なんか、赤にしてみようと思ったんです。そしたらすごくかわいくて、『ああーこれかー!』と思って。それまで黒だったレザーの部分もキャメルにしてみたらこれもすごくかわいくて、ああ、こういうのだな、と思って。で、そのあと黄色を作ったらこれもまたかわいくて。そのころ作った黄色のトートバッグを、今でも自分で使っているんです」

渡部さんご自身が愛用している、明るいカラーのグラデーショントートバッグ。6年ほど使い続けているとは思えない様子は、丈夫な手仕事を物語ります
ご自身の「短い小指」から付けられたというブランド名「short finger」はまさに、作り出されるアイテムが、この土地に暮らす渡部さんの手から生まれるニットなのだということをあわらしています。

糸を扱う仕事だからと、ハンドクリームは塗らない渡部さんの手。家事をこなし、猫をなで、そして多くの時間を編み物に費やす手です
使い手との距離の近さが生み出すもの
「去年、一日でどのくらい編めるかなって挑戦したら、SANGOシリーズだったら8個いけました。棒編みはちょっと時間かかるんですけど、鉤編みはわりと速いですね。編むだけじゃなくて縫うのも速いし、昔からなんでも手が早かったんですよ。それはよかったなと思って。だからこそこの仕事ができてる部分はあります」

「でもやっぱり、お客様に、お子さんがいるお母さんがすごく多いんですね。だからあんまり値段を上げたくない。親子でお揃いで買っていただけたり、日常のなかで楽しみながら使っていただけたり。どうしてもそういうブランドでありたいので、値段はあんまり上げられないです」
全部ひっくるめて、暮らしになじんでいくということ。「日常で、ちょっと心はずむものを」というshort fingerのコンセプトは、連綿とした日常への想いと、その想いを可能にする技術があってのことでした。

アトリエであるCORNERは、ご近所の手作りママさん方によって月に1回開催される「ツキイチマーケット」や、渡部さんによる洋裁教室など、地域の方が訪れる場所としても機能しています。
「来て下さる方がヒントをくれますね。こっちからは何かしようってしかけることはあんまりないんですけど、人が来てくれてお話していると、みんなの要望が聞こえてきたりして」
short fingerの人気商品である「おむつポーチ」も、ご近所のママさんや友人たちのベビーラッシュの際、「こんなおむつポーチがあったらいいね」という会話で改良されていったのだそう。

軽く、洗えて、丈夫で、そして入れやすいおむつポーチ。素材やかたち、大きさを吟味し、生活の中での使いやすさを重視しています。おむつ入れとしてではなく、普通のポーチとしても素敵です(画像提供:short finger)
渡部さんのものづくりへの姿勢は、「日常で使いやすいもの」「日常で使いたいもの」を生み出したいという、昔から人々がおこなってきたものづくりの初期衝動そのものです。

海と緑と、生活のある土地で
「帰りに、ぜひ海を見て行ってくださいね。御用邸の正面の塀を左手にしてずーっと塀沿いに進むと、海が見えてくるんです。感動しますよ」と旦那さん。
教えていただいたルートで海へ向かうと、まっすぐに伸びる道のむこうに、ぽっかりと春の海が現れました。

こどもが遊ぶ近所の公園や、コーヒーがおいしい明るいカフェ。暮らしに差し込む太陽のもとで見るニットアイテムは、光を吸収していっそう輝きます。そしてまるでそれ自体が発光体のように、日々を愛する人の手元に寄り添ってくれるのです。

「作っていて楽しいです。よく、編み物をしてストレス解消する、っていうじゃないですか。私、それが仕事なんで、最高ですよね(笑)。ずっと編んでいられる仕事なんです」
今日もここCORNERで渡部さんは、太陽の光までをもニットに編みこんでいきます。
この土地だからこそ生まれた渡部さんにしか作れないものは、まずは渡部さんの心をはずませ、そして、使い手の心もはずませてくれるのです。
(取材・文/澤谷映)
(画像提供:short finger)