インタビュー
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vol.77 RIPPLE・岩野さん一家- 100の色に密やかな想いを込めて。家族で営む小さな洋品店

写真:川原崎宣喜

100人のお客さんがいたら100色の服があってもいいのでは。と、さまざまな色の服がならぶ小さな洋品店「RIPPLE」。「色の個性が愛おしい」そう話す岩野さんご夫婦が営む店には、中学生からおばあちゃんまでさまざまなお客さんがやってきては自分にぴったりの色の服を見つけていきます。15歳の息子さんは発達障害を持ちながらも、自分らしくそのままの”色”で働ける仕事としてコーヒー専門店を営み、またたくまに話題に。仕事と暮らしと家族が自然とゆるやかにつながる、岩野さん一家を訪ねました。

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2018年01月26日作成
vol.77 RIPPLE・岩野さん一家- 100の色に密やかな想いを込めて。家族で営む小さな洋品店
丘の上にある小さな洋品店「リップル」では、奥さんが服を作り、ご主人がそれを染めるといいます。

――100人のお客さんがいたら、100とおりの服があってもよいのでは
色とりどり自由な色に染め上げられた洋服たちはどれも個性豊か。まるでアトリエの周囲の空や木々の色のように、ひとつひとつ異なる色たちが美しく調和して並びます。

色がひしめく洋品店の辺りに立ち込めるのは、ほろ苦くも優しいコーヒーの香り。隣の建物では15歳にしてコーヒー豆の焙煎士である息子さんが、静かに、けれど情熱的に豆と対話しています。

服と色と豆と。そこにあるのは、それぞれの仕事、そして家族がつながるゆるやかな暮らしです。

家族で営む小さな洋品店「RIPPLE」

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素敵なご家族が営むお店があると聞き、群馬県桐生市のアトリエ兼ご自宅に伺ったのは秋の台風が去った後のよく晴れた日。息を切らし急勾配の坂道を上がりきったところにリップル洋品店はありました。
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開けた視界にわっと飛び込む空と眼下に広がる桐生の町並み、後ろには豊かな緑。あまりの気持ちよさに大きく深呼吸すると、清らかな秋の空気にふわり、コーヒーの香りが混じります。

「こんにちは!よく桐生までいらっしゃいました」
あたたかな声の持ち主は、たっぷりとしたワンピースがお似合いの岩野久美子さん。ご主人の開人(はるひと)さん、長男の響(ひびき)さんとともに、まるで昔からの友人のように親しみのこもった笑顔で私たちを迎えてくれました。
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100の人と100の色。わたしらしい色を自由に纏う

お店が開かれるのはひと月に7日間。遠方からもひっきりなしにお客さんが訪れます。久美子さんがデザインし開人さんが自然の色で染め上げるお洋服は、ひとつとして同じものはなくそれぞれ個性豊かな色合い。

通信販売を行っていないRIPPLEでは、一点ものの服との一期一会の出会いがあります。お客さんの年齢層は幅広く、なかには同じ型のワンピースを中学生と80歳のおばあちゃんが、それぞれ自分らしいコーディネートで着こなす姿も。年齢や流行を問わず着られるのは、飾り立てるため主張するための洋服ではなく、気負わずまっさらな自分でいられる服だから。日常に寄り添う服はさまざまな人にしっくり馴染みます。
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「100人のお客さんがいたら100色並べる洋品店もおもしろいのでは」という発想から、手染めだからこその絶妙な色の”ゆらぎ”を大事にしているRIPPLE。季節の自然の色からそのまま切り取ったような何色とも表現しがたいその色は、「人に似ている」と岩野さん夫妻は口を揃えます。
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「染色していると毎日違う色が生まれて……全部がみんなちょっとずつ違うんです。私が今着ているのも、グレーのような、なんともいえない色なんですけど」と久美子さんが話すと、開人さんが続けます。
「たとえばオレンジっぽい赤の色は、『もう少しで赤になれる、赤になろう』と頑張っているようにみえる。けど、無理に赤になろうとせずにそのままの色でいいよって思ったり。ほかにも、赤にも黄色にもなれる、けどどの色でもないような色をみていると、まるで会社勤めが合わなかったかつての自分のように思えることもあります」
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「もう、愛おしくてたまらないよね(笑)」と久美子さんもにっこり。
「それに、うちはお客さんの年齢層も幅広くて色んな人がいるからか、売れ残るっていうことが今まで一着もないんです。どんな色であっても、必ず誰かがその色を待っている。長くて1年売れなかった服もありますが、必ず『ああ。この形のこの色がほしかったの』っていう人が現れてその人のもとにいくんです。だから、お店やってても面白くて。『この空色のワンピースはこの人を待ってたんだ!』とうれしくなります」
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何色でもないゆらぎが美しい。だから、無理に他の色になろうとせずにそのままで。それは人も同じ。
「人をみていてもそう思うんです。うちの洋服の色のようにみんながそのままの色で、上手に調和していたらいいなって」そう控えめに、静かに話す久美子さん。
そして「この子も、もともともって生まれた色があるので」とは、アスペルガーという先天性のハンディをもつ響さんのこと。
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15歳のコーヒー焙煎士ができるまで

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「響は発達障害という特性をもっているので、黒板の文字が書き写せないなど人と同じようにできないことも多くて学校生活に馴染むのが難しかったんです。学校に行かなくなった響が、家で料理などの家事をしたり、染め物も一緒にやったり……そして私と主人の作業の合間には、豆をひいてコーヒーを入れてくれるようになったんですけど。細かいことに丁寧だから、それがすっごく美味しくて!」

もともと小さなころからブラックコーヒーを飲みたがるなどコーヒー好きだった響さん。淹れ方や豆の焙煎の具合で味が変わることを知ると、コーヒーの奥深さにどんどんのめり込んでいきました。
焙煎機で毎日毎日豆を焼き、丁寧にコーヒーを淹れてはひたすら試飲を繰り返す様子は、それこそ「研究」という言葉がぴったり。

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豆と深く向き合い、対話するようにコーヒーを淹れるその姿は美しく、まるでなにかの儀式のよう。どこか神聖さを伴うのは、そこに響さんのコーヒーへの想いや誠実さ、実直さを感じるから。その味わいは、果てしなく深くて優しいのです。
コーヒーを振る舞い、美味しいといってもらう度に自信をつけていった響さん。最年少のコーヒー焙煎士が誕生するまでそれほど時間はかかりませんでした。
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そして2017年4月、隣にあった倉庫を自分たちで改装し長男の響さんが営むコーヒー豆専門店「HORIZON LABO(ホライズン・ラボ)」を開店。メディアで取り上げられるなどしたことで瞬く間に評判をよび、お客さんが押し寄せるといううれしい悲鳴に。現在は公式サイトのみの販売となりました。

洋服もコーヒーもすごい人気ぶり。しかし驚いたのは、響さんのコーヒー好きが高じて自然と”仕事”に行き着いたように、洋服のほうももともとは仕事としてはじめたわけではなかったということです。

暮らしのなかの楽しみが自然と仕事に

まさか、お洋服ブランドをやるだなんて思ってなかったと、久美子さんは笑います。
「服もコーヒーも、やろうと思って起業したわけではなく、もともと暮らしのなかにあったものがこうして今、自然とお仕事になっているという感じなんです」
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3兄弟5人家族の岩野一家は以前から、畑や料理、家具などを作るのが家族共通の楽しみ。ものを作ることが暮らしを作り、生きている実感につながる、と試行錯誤しては身の回りのものを手作りしていました。

「生活に必要なものはなるべく自分たちで作ろうと、日常的に天然酵母でパン作りをしたり、うどんを打ったりしていて……お洋服もそのなかのひとつでした。『流行り廃りのないデザインで、素材はいいものを』というこだわりはありましたが、生活の道具とというか、感覚的にはトマトやピーマンを育てるのと同じで特別なことをしている意識はなかったんです。そのうち、身につけているとどこのブランドか聞かれたり、ショップの方に『うちのお店においてみませんか』と声をかけていただいたりして、そこから慌ててブランド名を考えました(笑)」
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当時は会社勤めをしながら週末だけ服を染色していた開人さんも、徐々にRIPPLEのほうが忙しくなり、会社を辞めることに。それは開人さんにとって長年夢見た「家族のそばで仕事をする」という理想のライフスタイルそのものでした。

こうして、暮らしの楽しみが仕事となり、仕事と家族と暮らしが自然とつながることとなったのです。
人に会い、さまざまなものを見て
感性を磨く
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月初めの7日間の営業が終わると、岩野さんたちはまた次の開店に向け制作に励みます。
自宅でミシンを踏む久美子さんと作業場で染色をする開人さん、響さんはコーヒー豆を焙煎し、お昼になるとご飯を食べに集まる。そして、制作の合間には、会いたい人に会いに行き、見たいものを見に遠くにまで足をのばします。

「世界の国々の繊維や色の歴史を紐解いていくことが、本当に楽しい」と久美子さん。夜な夜な夫婦でそんな話を繰り広げ「それ、おもしろい!」となると、海を越えイタリアやらフランスへも軽々と飛んで行きます。
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響さんの場合はそれがコーヒー。世界で一番古いカフェを訪ねたり、コーヒー豆の生産者に会いにネパールのコーヒー農園に行ったことも。
「僕ら夫婦は、服をつくるうえで布ができる現場まで足をはこんだりするので、響にもコーヒーができる現場をみてもらいたかったんです」と開人さん。
「現実的に考えると安くていい豆っていうのも日本にはありますし、わざわざネパールにいっても直接仕事にはならないんですけど……。大事なのは響がその場所に行って直接生産者さんと話すことで、感じられるものがあるということ。ぼくらの仕事は、人に会ったりいろいろな場所に行くことで創作に転換できると思うので、それはすごく大事にしています」
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「長年、制作を続けていると『これこそがいいものだ』と固定概念ができてしまいがちなので、なるべく外に出て新しい価値観に触れ、自分たちがやっていることを外側から見るようにしています。リップルをはじめて9年になりますが、僕らの考え方は変化しているし、そのときどきで変わっていってもいいと思っているんです。根底の信念は大事だけれど、価値観は柔軟でいたいから。柔軟なほうがいろいろなものが自分のなかに入ってくる気がします」
響さんは、生産者と会う前と会った後では、やはり仕事への向き合い方が変わったといいます。
「コーヒー豆ができるまでの大変な工程をみて、より深く豆と向き合えるようになりました。豆の個性が隅々までみえ、今までよりもっと繊細にコーヒー豆のことを分かってあげられるようになったと思います。それは焙煎にも影響していますね」

隣で久美子さんも「だれかが作ってくれた材料で、私たちは仕事をしてるからね」と頷きます。
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それぞれの感性で、自分らしく

多くの情報であふれ、調べれば何でも分かる今の時代。しかし岩野さんご夫婦は、子どもたちが小さなころからインターネットや本の知識だけでなく実際に見にいくようにしています。

「たとえばピカソの絵1枚にしても、どういう美術館のどういう場所にあって、どういう土地でその絵は生まれたのか……実際に行って自分の目で見なければ分からないこともあります。それに、同じものを見ても人によってそれぞれ感じ方が違うんですよね。それは違うからダメというわけでも、評価することでもなく、『私はこう感じた』というのが大事だと思うんです。それが"個性"というものだし、その違いを家族でも共有したいねっていうのを一番大事にしてきました」
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世界のいろいろな場所でさまざまなものを見聞きし感じたことを日本に持ち帰る。そして開人さんは色、久美子さんは布、響さんの場合は豆に、それぞれの感性で反映させていきます。そうすると、それまでと同じものを作っていても、それまでのものとはどこか違うものになる、と久美子さんはうれしそうに話します。きっとそのときの自分にしか作れないものになっているはずだと。
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「感性とは、その人だけの、その人だからこその本当に素晴らしいもの。それがもっと表現しやすい世界になったら、おもしろいんじゃないかな」と久美子さんは続けます。
「響も、そもそもこういう”色”をもっているので、それをほかの色に染め重ねていくというよりは、そのままの色で働ける働き方というのはあるだろうし、あってほしいなって思ったんです。私たちが作る服のように、そのままの色でも『いいな』と求めてくれるお客さんもいるんじゃないかって。今まで家族でいろんなものを作ってきたので、きっとそんな居場所も自然な形で作り出せるだろうと思っていました」
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個々がそのままの色でいられる居場所をみつけ、それぞれが幸せに暮らせるように……そんな想いがひそかに込められたRIPPLEのお洋服。

「RIPPLE」とは、”波紋”という意味。「大きな波でなくてもいい、自分たちがものづくりに込める想いが静かに、波紋のように広がっていってくれたら」と岩野さんご夫婦は微笑みます。


今日もRIPPLEで生み出される何色とも呼べない色たちは、それぞれの個性を放ちながらも上手に調和しその色にぴったりの人を待っています。
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(取材・文/西岡真実)
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月はじめの7日間だけ開かれる、岩野さんご夫婦が営む群馬県桐生市の小さな洋品店。久美子さんがデザインし開人さんが染色した服はすべてが一点もの。絶妙な色のゆらぎを大切にした個性豊かな服たちとの出合いは、人とのめぐり合わせと同じように一期一会。人も色と同じように、そのままの色で調和しながら生きていけたら……そんな密やかな想いを込め作られています。長男の響さんが営む話題のコーヒー豆専門店「HORIZON LABO(ホライズン・ラボ)」は現在インターネットのみでの販売。https://www.horizon-labo.com/

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